まるで台風の前のような、湿気を帯びた濃密な空気。
わたしはそれを打ち消すように、バイト仲間の顔を瞬時に作ってあいさつを返す。


「おはようございます」

「柴ちゃん、おっはよー」


わたしの声に被さるように、明るいあいさつが響いた。

田中くんがスキップのような足取りで柴ちゃんに近寄り肩に腕を回す。じゃれつく田中くんと適当にあしらう柴ちゃん、といういつもの構図だ。

わたしはその輪に入らず、スマホをチェックしたりお茶を飲みながらも、目のはしで柴ちゃんの様子を追ってしまう。

そして柴ちゃんも田中くんと話しながら、たぶんわたしの方を気にしているのが雰囲気でわかった。


「そういや昨日、観たか? サッカー」


田中くんが柴ちゃんにたずねた。


「ん? あー……」


スマホを触りながら聞き耳を立てるわたしの方を、柴ちゃんがチラリと盗み見する。そして。


「観てないよ」


その回答に、わたしは思わず吹き出しそうになった。

嘘ついちゃうんだ、柴ちゃん。ほんとは観てたくせに田中くんには言わないんだ。


“明日こっそりハイタッチしようね”

“こっそりっていい響きですね。俺らだけの秘密っぽくて”

“秘密ですよ”


昨夜のやり取りを思い出し、頬がゆるみそうになるのを必死にこらえた。

ダメだダメだと自分を抑えつけるけれど、意志を裏切って胸が高鳴る。