やれやれ。

どうやら、本気で困っているみたいだね。

「……分かった。引き受けるよ」

「本当ですか?!」

「だから、雪花と僕以外は部屋から出ていって。後気が散らないように、他の奴等も近付けないようにしといて」

それだけ言うと、半ば行った行ったと僕は天翔や家人達を追い出した。

「……雪花」

「私は何時でも大丈夫だよ」

雪花は御簾の前に座り、僕と向き合う。

この部屋に僕と雪花、それに一の姫(名前は聞いてない)だけ。

けれども、僕と雪花の気配以外は無い。

つまり、一の姫の魂は、今体から離れていると言うことになる。

幽体となって、どこかをふらふらとさ迷っているんだろうね。

自分の意思でもどうにも出来ない可能性が高いし。

ま、そのために雪花がいるんだけど。

「……じゃ、始めるよ」

「はい」

雪花は目を閉じて、肩の力を抜く。

それを見てから、僕は懐の小太刀を取り出し、左の人差し指と中指を揃えて添えた。

―鬼さんこちら 手の鳴る方へ―

ひたすら心の中で、その言葉だけを繰り返し呟き、一の姫のことを思い浮かべる。

僕の声に答えるかどうかは、一の姫次第。

救われたいと願うかどうかだ。

―鬼さんこちら 手の鳴る方へ 鬼さんこちら 手の鳴る方へ―

普通の陰陽師は、呪文を唱えて霊や神を降ろす。

まぁ、神様なんて降ろせる人間はそうそういないけど。

でも、雪花はある意味の特別だ。

悪意のあるモノをその身に降ろすことは出来ないけど、無害のモノや神ならば、その身を器の代わりに出来る。

―鬼さんこちら 手の鳴る方へ……―

「っ……」

雪花の体が前屈みになり、その背に女の影が見えた。

どうやら、降りてくれたらしい。

半分だけね。

「……」

「初めまして。とでも言っておくよ、お姫様。……単刀直入に聞くけど、最近京で噂になっている幽霊はあんただろ?……何が不満なわけ?何を望んでんの?」

雪花に乗り移っている一の姫は、ジッと僕の顔を見てから、小さな声で呟いた。

「……らうたき人を、いづこへやりし」

悲しげに言った、短い和歌。

いや、和歌と言えるのかどうかも怪しいつたないものだけど、何となくは分かった。

「あんたは、誰かを探してんだね。恋人か、片想いの相手かなんかを」

「……」

それならば、手っ取り早い方法をとった方がいい。

「……あんたの名前は?勿論本名だよ」

霊体であるこの女の記憶を読み取るには、本名を知る必要がある。

「……」

ぼんやりしているけど、僕の声は届いている筈だ。