しかし、そんな彼の事をよく思わない存在も、中にはいました。

その人物は、王の左腕と呼ばれ、隠密や暗殺に特化した鬼…名を酒呑童子と言う。

彼は、普段人間の世で隠密を行なっているのだが、ツノの力が最も強くなる満月の日に鬼ヶ島に帰ってきて、鬼王に報告ををしているのだ。

酒呑童子は、いつしか自分より大事にされる鬼姫の父に嫉妬をするようになっていた。

元々酒呑童子と鬼姫の父と鬼王は、共に閻魔大王の元で修行積んだ同期であった。

その中でも酒呑童子は、圧倒的な強さと実力で、地獄でもトップクラス強さを誇り、逆に鬼姫の父は、何をやさせても中途半端で、実力も、強さも酒呑童子には、及ばなかったのである…

しかし、彼は、誰よりも努力をして卒業する頃には、酒呑童子にも引けを取らない実力にまで腕を上げていた。

酒呑童子も、そんな彼の事を認めており親友のようにさえ思っていた。

しかし、運命の歯車は、少しづつ狂い始める。

それは、地獄での修行を終えた酒呑童子達が鬼ヶ島に帰ってきたときに起きた。

酒呑童子が、ずっと憧れていた女性が実は、鬼姫の父と結婚していたのだ。

「あなた、私たちの子供よ。名前は、鬼姫に決めたの」

真珠のような美しさを放つ彼女が見つめているのは、自分では、なく鬼姫の父…

この時酒呑童子の心の奥に本の少しの闇が生まれたのである。

その闇は、日を重ねる度に大きくなっていく。

どうしてあいつが…

そんな事を考えては、いけない。

友として祝福してやるべきだ。

酒呑童子は、何度も自分にそう言い聞かせた…

しかし、一度生まれた嫉妬の炎は、そう簡単に消える物では、なくいつしかあの幸せを壊したい。

そう願うようになっていた。

それでも酒呑童子がギリギリの所で感情を押し殺してこれたのは、自分の方が鬼姫の父より優秀。

そう思い込めていたからである。

しかし、鬼姫の父が鬼将軍と言う役職についてから酒呑童子の心は、少しづつ歪み始めた。

鬼王は、決して酒呑童子が鬼姫の父より劣っているなど微塵も思っていなかった。

いや、むしろ自分より強いとすら確信していたのだ。

それ故に、危険を伴う隠密や暗殺などを酒呑童子に任せ、比較的安全な親衛隊の隊長を鬼姫の父にやらせたのだ。

しかし、その判断は、誤りであった。

「なぜですか?なぜ私では、なくあいつが親衛隊長なのですか?」

驚きと怒りを込めて酒呑童子は、そう尋ねた。

「お前の方が、たしかに実力がある。だからこそ危険を伴う隠密をしてもらいたいんだ。理解してくれ…」

酒呑童子の問いに悲しそうに鬼王は、答えるのだった。

この時、酒呑童子の中で歯車が完全に狂ってしまったのだ。

それから酒呑童子は、人間の町で隠密活動をしながら着々と仲間を増やしていくのだった。

鬼姫が三歳になってまもない頃、悲劇が起きたのだ。

夕刻の頃、数人の若い鬼が鬼姫の家にやってきた。

「どちら様ですか?」

訪ねる母を、若い鬼は、いきなり刺したのだ。

鬼姫は、恐怖と悲しみで涙が止まらなくなっていた…

そんな鬼姫の声を聞きつけ、鬼姫の父が駆けつけてきたのだ。

「パパ…ママが動かないの…」

鬼姫は、恐怖あまり父にあゆみよろうとしていた。

「鬼姫、こっちに来るな。逃げろ」


それが鬼姫が最後に聞いた父の言葉である。

その言葉の後、鬼姫の父は、あの鈴のついた刀で刺し殺されたのだ…

鬼姫は、父の言いつけ通り、ひたすら走って逃げた…

生き延び、いつか復讐すると誓い…

「鬼姫様、鬼姫様」

鬼姫は、先程まで戦っていた若い鬼の声で我に帰った。

「鬼姫様大丈夫ですか?」

先程まで鬼姫を殺そうとしていた若い鬼は、まるで別人の様に礼儀正しくなっている。

その変わりように鬼姫は、開いた口が塞がらなかった。

「お主…なにも覚えておらぬのか?」

唖然とした表情を崩さぬまま聞いてくる鬼姫に戸惑いを抱えながら若い鬼は、答えるのだった。

「その質問ですが、全て覚えおります。しかし、あの鈴を受け取ってから体の自由が効かなくなり鬼姫様に無礼な真似をしてしまい本当に申し訳ございませんでした」

そう言うと若い鬼は、その場に座り込み腰から短い刀を抜くと自らの腹に刺そうとしたのだ。

「やめてー…」

気がつくと鬼姫は、震えながら必死に若い鬼の腕をにぎりしめている。

「えっ?鬼…姫…さま?」

若い鬼は、唐突の事に目をぱちくりさせる事しかできなかった。

しばらく鬼姫の様子を見ていると我に帰ったのか、震えるのをやめ、じっと若い鬼の目を見つめてきた。

若い鬼は、鬼ヶ島の中で最も美しいとされる鬼姫に見つめられ顔が真っ赤になっていく。

その様子を見た鬼姫は、熱が出てきたのだと思い込み、若い鬼の額と自分の額を合わせ体温を確認するのだった。

「うむ、熱は、なさそうさじゃな。…ってどうしたのじゃ?さらに顔が赤いぞ」

急に、島で最も美しいとされる鬼姫に見つめられだけではなく、額を合わせられた事で、若い鬼は、気を失いそうになっていた。

「大丈夫です、鬼姫様…」

若い鬼は、ふらふらになりながら必死にそれだけ答えると、緊張の糸が切れたのか倒れてしまうのだった。

「おっ…おい。大丈夫か?しっかりするのじゃ…」

自分を心配する鬼姫の声が少しづつ小さくなって行く事で、若い鬼は、自分が意識を失っていっているのだと自覚するのだった。





「う、うーんここは?」

「気がついたか?お主が突然倒れるからびっくりしたぞ」

どこからか現れた鬼姫は、そう話しかけて来た。

若い鬼は、思わず鬼姫の姿に見とれてしまうのだった…

先ほどまでの紅い着物では、なく鬼祭のためか、桜の模様の入った黒い着物を着ていたのだ。

その姿は、まるで夜を照らす一輪の桜その物のである。

「なんて、美しいんだ…」

その言葉を聞いた鬼姫は、少し頬を紅くし、「お主に褒めらても、嬉しくなぞ無いわ」と言って、外に出ていってしまった。

実は、鬼姫も少し嬉しかったのだ。

小さい頃から鬼王の娘として可愛いや美しいなどの言葉をかけられる事は、たびたびあった。

しかしそれは、お世辞を含んだ物が大半で、心から言われた物など無かったのだ。

しかし、今回は、違った。

それは、心からでた言葉で正真正銘の若い鬼の本音だったのだ。

鬼姫は、ドキドキしていた。

なんなんじゃ…

桃太郎に可愛いと言われた時もそうじゃがなぜこんなにドキドキするのじゃ


鬼姫が胸を抑え、そんな事を考えていると、若い鬼が出てきて声をかけてきた。

「鬼姫様、一度ならず二度までも助けていただきありがとうございました」

若い鬼は、深々と頭を下げお礼を行って来るのだった。

「そんな事か、もうよい頭を上げよ」

そう言われた若い鬼は、驚いたように頭をあげ、「しっ…しかし私は、鬼姫様の…」

そこまで言ったところで鬼姫は、言葉をさえぎるように話しかけた。

「もう良いと言っておろうが。それよりあの鈴は、どこで手に入れたのじゃ?」

「も、申し訳ございません鬼姫様。あの鈴は、鬼将軍と名乗る者から渡された物でございます」

鬼姫は、その名を聞いた瞬間にはらわたが煮えくり返りそうになっていた。

「…鬼将軍じゃと?その者は、本当にそう語ったんじゃな?」

先ほどまでの美しい鬼姫からは、想像出来ないような怒りに満ちた顔を見た若い鬼は、腰を抜かしそうになる。

「えっ、ええ…確かにそう言いました…」

鬼将軍は、鬼姫の本当の父の役職。

そして彼の死後、鬼将軍鬼将軍は、永久欠番となる事が決まった。

もしも、仮に名乗っている者がいるとすれば、かつて鬼将軍の座を狙って父を殺した男…酒呑童子…あやつしか考えられないのだ。