『ねぇ、今日なんの日か知ってる?』
日曜日の朝一番。
キッチンで忙しく動いていると、まるで当ててほしいとでも言うような彼の声がリビングに響いた。
「......バレンタインでしょ」
自分の手元を見つめながら、スピーカーにした電話の向こう側に分かりきった答えを返す。
『正解。覚えてたんだな』
「そりゃ、あんたが毎日隣でうるさくわめいてくれてたからね」
『.....なんであんなに何回も言ってたかわかる?』
ハートの型を力を込めて押していた私は、彼の声が少し真剣になったことに気づくわけもない。
「周りの女子に、くださいアピールしてたんでしょ?
でも残念。今年のバレンタインは休日だから、休み明けにわざわざ持ってくる女子は少ないだろうね」
オーブンのボタンを押して、私は1つ息をつく。
「あんたの考えることなんて分かるっての」
スピーカーを切ったスマホを持ってソファに座ると、慣れないことをしたせいか、少し疲れを感じた。
『わかってないよ』
「え?」
少しの沈黙のあとに聞こえた、彼の声。
いつもと違うその声色に、私は何故だか胸が高鳴った。
『俺があんなに何回も言ってたのは.......、』
「...?なによ?」
『.......お前に、作ってほしかったからだよ』
「.........え?」
何も、言えなくなった。
だって、いつもサラッと恥ずかしいセリフを言っちゃう彼が、すごく恥ずかしそうにそんなことを言うから。
そんな声、聞いたことないよ。
いつも上手く返してるのに、今日は言葉が出てこない。
どうしよう。その言葉、嘘じゃないの?
『っ、あーもう!やっと気づいたの?』
「えっ.....」
吹っ切れたような彼の声が、戸惑う私に言葉を浴びせる。
『お前、鈍感すぎ!俺いつもかなりアピールしてたのに、全然俺の気持ちに気づかないし!』
「はっ!?ちょ、ちょっと待ってよ!鈍感はあんたの方でしょ!」
『俺が鈍感?なんで?』
「あんただって、私の気持ちにずっと気づいてなかったでしょ!
こっちがどんだけ心拍数上がってるか知らないで、サラッと恥ずかしいことやってくれてさ!」
『え?お前、もしかして俺のこと.....』
「あ.....、」
電話の向こうで驚く彼に、私は自分が気持ちをさらけ出してしまったことにそこで気づいた。
もう、今日言うつもりじゃなかったのに。
こうなったらヤケだ。
「.....気づくのが遅いよ、バカ」
彼と顔を合わせてるわけでもないのに、恥ずかしさでスマホから顔を逸らしてしまう。
赤く火照る頬を抑えていれば、彼の嬉しそうな笑い声が耳に響いた。
『ごめん。ありがとう』
「っ.....こちらこそ、ありがとう/////」
『へへっ。...ねぇ、』
「なに?/////」
『チョコ、作ってくれた?』
「.....作ってないよ」
『ぇえっ!?作ってくれてねーの!?』
私はいい香りを漂わせるオーブンの方に目をやる。
「あんた、チョコ苦手でしょ。だから、好きって言ってたクッキーにしたの」
『...........』
「.....ちょっと、何か言ってよ/////」
『あ、ごめん。嬉しすぎて言葉が出なかった』
「っ、そーゆーことをサラッと言うからこっちの心拍数上がんのよ/////」
『へへっ、ありがとう。すっげー楽しみ』
「ハードル上げないでよ、普通のクッキーだから。それに私、普段お菓子なんて作らないから上手にできてるか分かんないし」
『それでもいいよ。俺は、お前が俺のために慣れないことやって、俺のために頑張ってくれてることが嬉しいんだから』
「っ...あっそ/////」
あぁ、もう。
気持ちが伝わったんだから、少しは素直になれ、私。
でも、嬉しさを上回る恥ずかしささえも、今は心地いい。
『ねぇ、』
「なに?」
『明日、もう1回言うから』
「え...?」
『いや、もう分かってることだけど!......面と向かって、ちゃんとした言葉で俺の気持ちを伝えたいから』
「っ.../////」
あぁ、もう。
今日は本当に嬉しいことばかりだ。
明日になって、実は嘘でした。なんて言わないよね?
そんなことするやつじゃないって分かってるけどさ。
でもそんな風に少し不安になっちゃうくらい、今の私は幸せすぎるんだ。
「...私も、」
『ん?』
「明日、クッキー持って行って伝える。ちゃんと言うから.....待ってて」
『っ...あーもう!可愛すぎ!』
「へっ!?/////」
『今すぐ抱きしめたい』
「なっ、何言ってんの!?/////」
『あははっ!.....明日、楽しみに待ってるから』
「っ.....うん/////」
彼と過ごす、朝一番の毎日。
2人きりの、特別な空間。
1歩進んだ関係は、あの朝の教室を、
もっと特別なものにしてくれるかもしれない。
ねぇ、
これからも、よろしくね。
END