「ねぇ、くれないの?」
木曜日の朝一番。
外で浴びてきた冷気を放出させながら、彼がそんなことを言った。
「何を?」
意味がわからなくて、私はカバンの中から必要なものを取り出しながら聞き返す。
「トリックオアトリート」
「え?」
視界に影が広がって隣を見上げれば、イスごと近づいてきていた彼の顔が目の前に映った。
「トリックオアトリート」
「え、っと.../////」
距離の近さに戸惑いながらも、そういえば今日はハロウィンだっけ、と考える。
もしかしてお菓子欲しいのかな?
でもこんなに近づくことないんじゃ.....
恥ずかしさで何も言えずにいる私を不満に思ったのだろうか。
「ねぇ、」
「っ!?」
彼はさらにグッと顔を近づけてくると、私の耳元に口を寄せてきて。
「.....お菓子くれなきゃ、イタズラするぞ」
「っ、わかったからっ、離れて...../////」
「おう!」
彼は嬉しそうな顔で離れると、速く速くといわんばかりの様子でこっちを見つめてくる。
もー、人の気持ちも知らないで.....
「なにかあったかなぁ〜.....あ、」
カバンを探れば、ポケットに入れていた飴玉が手に当たった。
「はい、どーぞ」
「さんきゅ〜。ん、うま!」
コロコロと口の中で飴玉を転がす彼は、さっきとは打って変わって幼い顔を見せる。
「私も食べようかな」
カバンの中からイチゴ味の飴玉を出して口にポイッと入れたその時。
「そういえば、飴玉って『あなたのことが好きです』って意味らしいよ」
「!?っ、ごほっ...、!」
「えっ、大丈夫か!?」
いきなり発せられた予想外の彼の言葉に、私は放り込んだ飴玉で喉を詰まらせてしまう。
「ごほっ...けほっ...、はぁ」
「落ち着いたか?」
「うん...はぁ、もう...なんで急にそんなこと言うのよ」
「?そんなことって?」
「.....あなたのことが好きですって、飴玉の意味」
「あぁ、前に廊下で女子が話してんのが聞こえてさ。さっき思い出して、お前知ってるかなって。知ってた?」
「...知ってたらこんなことにならないでしょ」
口元を指さして答えれば、「確かにそうだな」と彼は笑った。
「第一、知ってたらあんたに飴玉なんかあげてないよ」
「...なんで?」
「え?」
「お前、俺のこと嫌いなの?」
「はっ?なんでそうなる...」
「答えて」
「.....嫌いじゃないよ/////」
「!...ならよし!」
「?なにが?」
なぜか満足そうにする彼に疑問を浮かべながら、私はさっきのやり取りを思い出す。
『第一、知ってたらあんたに飴玉なんかあげてないよ』
『...なんで?』
だって、飴玉なんかに私の気持ちを預けたくない。
そんな風に思っちゃうほど、彼のことが好きだから。
だから、自分の気持ちは、ちゃんと自分の言葉で伝えたいの。
それがいつになるかは、わからないけど。
「ないしょー」
「ケチ」
何気ない会話に心が弾む。
今はまだ、この関係を崩したくないから。
私は今日も、1人でドキドキしてるんだ。