やっぱり慣れないな。女の子の靴は。
長ったらしいウィッグの髪も風が吹く度に邪魔だと感じる。
何より、ファンデーションを塗った肌が息苦しいと喚いている様に違和感が消えない。
でも、今の自分は誰が見ても女の子として認識されている。
それがこの時間には何よりも重要で、足元の苦痛も肌の違和感も自分が女の子である事を忘れない良い戒めになっているのだ。
忘れちゃいけないのだ。
当たり前の自分ではいけない。
「巴ちゃん、」
「吐季さん、」
この人の前では。
『巴ちゃん』なんて呼び方でさえ皮肉にも自分の意識を引き締めてくれる。
自分は巴ちゃんなのだと改めて焼き付けて振り返れば、昼間も会っている姿が今度は笑顔を向けて近づいてくる。
そんな姿に自分からも近づけば、慣れない足元がコツコツと女の子音を響かせて。
歩きにくいと思う心と同時、吐季さんに近づくことが許される響きの様にも感じるから不思議だ。
「ゴメン、ゴメン、ちょっと出てくるの遅れた」
「別に構いませんよ。吐季さんについての興味深いネタ色々拾いましたし」
「……ちなみに、どんな?」
「吐季さんがまた女の人泣かせたとか、吐季さんがまた綺麗な女の人引っ掛けてるらしいとか」
「うーん、笑っちゃうくらいに俺がチャラい印象の噂話だねぇ」
「チャラいのは見た目だけで実は好きな相手にひたすら一途に片想いしてるっていうのにですよねぇ?」
敢えて茶化したように言葉を返せば、「しっ」なんて唇に指を立てニヒルに笑う姿についつい足りない乙女心もドキリと疼く。