敵わない。
そんな降参の一言が頭に浮上した時には手早くカップに手を伸ばして珈琲を用意していた。
美代が喚くのも聞き流しで、散らかったレジまわりもそのままに駆け足気味の自分の体は迷いもなく扉の外へと踏み出していたのだ。
どこに?なんて視線が泳いだのなんて僅かな間。
探した姿は近くのガードレールに寄りかかってタブレットを眺めていて、それでもこちらに気が付くとヒョイと片手を上げて口元に弧を描く。
色々と含みたっぷりに、実にこの瞬間に満足そうに。
そんな姿に批判的に目を細めても、追い求めて外に出た瞬間に自分の負け。
だから素直に歩みよって捕まるほかないのだ。
音も響かないスニーカーで。
ただ、嫌味の一つくらいはお見舞いするよ?
「お客様、店員の店内飲食はご遠慮ください」
「ブハッ、すみませ~ん。あんまりにも美味しそうだったもんで」
「チャラ男」
「いや、一途でしょ?」
「策士」
「【巴ちゃん】がそれ言う?」
「女泣かせ」
「うん、泣かない【巴】がくっそ好き」
「っ~~~」
「巴、」
「……」
「キスしてえんだけど」
返す返すなんてチャラい。
見た目のまんま。
でも、それが自分限定に発揮されるものなら良いとか思ってる自分も末期だ。