こんな見た目チャラい人がどんな企業で活躍しているのかと不思議であったけれど、勤め先が化粧品会社と知ったらなんだかストンと腑に落ちた。
いや、化粧品会社だろうがやっぱり浮いた存在であるんだろうけれど、それでもファッションに関しては他の企業より自由が利く職場らしい。
化粧品を扱うだけあって吐季さんもメイクの心得は一応あるらしく、下手な女子より化粧の魅せ方を知っていると言っていた。
今も普段はキッチリとしているスーツの上着を脱いで、シャツの袖を捲りネクタイの先は邪魔にならないように胸ポケットへと収納して。
愛用のメイクブラシのケースを広げるとリップ様の細い筆を手にして自分の前に座ってくるのだ。
あ、この瞬間死ぬほど緊張するけど凄く好きだ。
「ちょっと軽く上向いて、口も少しだけ開いて」
「っ……」
軟派な意図でない顎クイと扇情さなんて含んでない要求。
真正面の至近距離で捉える表情も決して相手を口説こうとしている姿ではなく、吐季さんの真面目さの一瞬だ。
刹那に唇に触れるヒヤリとした筆の感触は唇どころか変に心まで擽ってくるから困ってしまう。
口を開けとか困る。
うっかり、変な声を漏らしてしまわないかと。
うっかり、『好きだと』報われぬ想いを零してしまわないかと。
うっかり、巴ちゃんに成り代わってしまえばいいんじゃないかって馬鹿な考えまで浮かぶ程。