ライラの気持ちなど知る由もなくマーシャは手際よくベッドにテーブルをセットし、朝食の準備を始めた。

 いい香りがライラの空腹を刺激する。ふわふわのスクランブルエッグにカリッと焼けたベーコンにまずは目を奪われた。

 広大な土地を持つアルント王国には自然も多く、食糧には恵まれていた。人々は穀物や野菜などを自分たちで育て、生計を立てていたりする。

 近所に赤子が生まれたら鶏を二匹潰し、皆で祝うという習わしもあるほどだ。

 王家管轄の土地でも移動用の馬をはじめ、食用のためにも多くの家畜を育てている。

 食事を済ませ片付けた後、マーシャはあれこれと持ってきた服をライラに宛がっていく。最終的にはライラの好みもあり、彼女が身を包んだのは菫色の控えめなドレスだった。

 普段着用とはいえ刺繍などの飾りは必要最低限、丈は足元まで覆うほどの長さがある。長袖のため肌の露出は極力なく、どちらかといえば地味な印象だ。

 マーシャはライラを鏡台の前に座らせると、絡みのないまっすぐな髪を軽く梳かしていく。そしてざっくばらんに切られたライラの右側の髪に鋏を入れ、不自然にならない程度に丁寧に整え直していった。

 切った方に長さを合わせ左側も切ろうとすると一苦労なので、とりあえずの救済処置だ。

「洋裁は昔から得意ですから。私の裁つ布地にはいつも一寸の狂いもありません」

 自信あふれる言葉通り、マーシャの鋏さばきは見事なものでライラは思わず見惚れてしまう。

 気持ち的に長さの揃った右側がさらに軽くなった気がした。基本的に左側は髪で瞳を覆い隠すようにしているので、対比さもあるのだろう。