“クリスマス直前に彼氏に捨てられる”なんて
なかなか有り得ない現実に涙が涸れるほど泣いた・・・。
あれから数日、今日はクリスマスイブ。
あたしの勤める幼稚園では今日、二学期の終了式が行われる。
終了式の後は、子ども達お楽しみのクリスマス会
昨日残業して作った飾りを朝からみんなで仲良く飾り付けてる。
さくら組の子ども達も、勿論あたしも、そんなこんなで今日は皆大忙し。
『ゆづ先生!見て見て!!』
出し物のメイン、劇の衣装を身に付けた数人の子どもたちがドヤドヤと教室に戻って来た
どうやら劇の準備も着々と進んでいるらしい
満場一致で王子様役をゲットした拓海くんが、鮮やかなブルーの衣装を身に付けて、あたしのエプロンに飛びついてきた
『ね、ゆづ先生!似合う?』
キラッキラの大きな目にじっと見つめられ、あたしは大きく首を縦に振った
『すっごく!よく似合ってるよ、拓海くん』
クラス一の美形だと、女の子に一番人気の彼は
あたしの言葉に満足げに微笑むと、少しだけ首を傾けてあたしをじっと見つめる
『ね、ゆづ先生?』
『ん?』
飾り付けの手を止めて拓海くんを見ると
拓海くんはことのほか神妙な顔をしてあたしを見上げてくる
『あのね?俺と兄ちゃんどっちが格好いい?』
じっと、真剣そのものの目で、あたしの答えを待つ拓海くん
拓海くんの言う兄ちゃん・・・って・・・
拓海くんの叔父に当たる、マンションの隣人の顔を思い出す
和真に振られたあの日
さらに鍵を無くし、ずぶ濡れで扉の前に倒れていたあたしを拾って、助けてくれた人
今、目の前でエプロンを掴んで離さない拓海くんの、パパの弟さんだそうで、拓海くんにとってはお兄ちゃん的存在らしい
『うーん・・・拓海くんかなっ!』
見上げてくる瞳をじっと見つめて答えると、拓海くんはようやく表情を緩めて、にっこりと微笑んだ
あ、
こういう顔、やっぱり似てる・・・
すこし首を傾げて嬉しそうに目を細める仕草は、血の成せる業なのか?本当に隣人さんとよく似ている
『よかった!
じゃあ、練習してくる、ゆづ先生!』
拓海くんはエプロンから手を離すと、くるりと向きを変え教室の外へと駆け出して行った
『あっ!走っちゃ駄目だよ!』
慌てて声をかけるが既に遅く、拓海くんの姿はもうそこにはない
ふうっと一つ息をついて拓海くんの消えた引き戸に目をやると
廊下のその向こうの窓から、先日新しく植えたもみの木が目に入った
隣人さんの背丈ほどのもみの木も、今日はクリスマスのため、ライトやリボン・・・様々な飾り付けが施されている
隣人さんは植木屋さんらしく、幼稚園に現れた時は本当に驚いたっけ
思わずくすっと笑みがこぼれる
和真とのことでは本当に沢山泣いたけど、ことのほか早く立ち直れたのは多分隣人さんのお陰。
落ち込んだあたしを気遣っての言葉だろうけど、隣人さんの優しい言葉であたしは笑顔を取り戻せたような気がするから
『よ〜し!頑張るぞっ!』
派手な装飾のもみの木もあたしを応援してくれてるみたいに思えてくる
今年は沢山の子供たちと過ごすクリスマス
それはそれで“すごく幸せ”だってあたしは思った。
***
*****
『さぁ!それでは今からクリスマス会を始めます。』
広い教室も、今日は沢山の人で埋め尽くされている
11月から練習した、歌やお遊戯を披露する舞台には、ビデオカメラを片手に真剣そのもののパパやママ達の姿
あたしが、ピアノの前に座って伴奏を始めると、子供たちは元気に声を合わせてクリスマスソングを歌い始めた。
次の劇の為に様々な衣装を身に付けた子ども達
鳥だったり、木だったりお姫様だったりするのだけれど、大きく口を開けて一生懸命歌う子どもたちはとっても愛らしい。
保母の仕事を選んでよかったなって今日も思う
三曲目の楽譜を開いて伴奏を始めたとき教室の扉がそっと開くのが目に入った
入ってきたのは背の高い男性
“え?”
一瞬、危うく止まりそうになる手をなんとか動かしあたしは伴奏を続けた
若干低めの扉から、体を小さくして入ってきたのは、なんとあのお隣さんの彼
彼の後ろから、拓海くんのママとパパが同じようにそっと入って来るのが見える
三人は、観客席の一番後ろに並ぶと立ったまま、拓海くんに向かって小さく手を振った
拓海くんのママは美人でサバサバしたとっても気のいいお母さん。
パパは運動会以来、見るのは二度目だけど、拓海くんとよく似たモデルばりのイケメンお父さん。
一番後ろに立っているのに、何故かその一角だけやたらと華やかな・・・そんな感じがしてしまう。
お兄さんと何やら話し込んでいるお隣さんはやっぱり拓海くんパパとは兄弟で、雰囲気も見た目も凄くよく似てる
3ヶ月隣に住んでいて、顔を合わせた事だってあったはずなのに、何で気づかなかったんだろう
歌が終わるとあたしは椅子から立ち上がり、子どもたちと一緒に観客席に向かって一礼した
たくさんの拍手を受け、顔を上げて気付く
口をパクパク動かしながら、あたしに向かって手を振るお隣さん
『・・・・?』
口の動きで何かを伝えているつもりのようだけど遠すぎてよくわからない
係のお母さん方が、ステージで劇の準備を始めたのが目に入り
あたしはお隣さんが何を伝えていたのかわからないまま、慌てて観客席に背を向けた
『お姫様は魔女の毒リンゴを食べて眠ってしまったのです』
伴奏の次のあたしの仕事は、劇のナレーション。
全員総出の白雪姫は練習を積んだだけあって今のところなかなかの上出来
白雪姫役の美優ちゃんが、舞台の中央の台の上でさながら女優のように“寝たふり”をするところに
舞台の端からつかつかと拓海くんが歩いてくる
『どうなさったのですか?』
よく通る声で、拓海くんが台本どおりのセリフを言う
毒リンゴをたべて眠ってしまったのだと小人役の陸くんが告げると、拓海くんは美優ちゃんの横たわる台へと近づいた
『姫にキスをすれば目覚めるのですね?』
もちろんふりだけど、これも台本どおり、拓海くんが横たわる美優ちゃんに顔を近づける
その時だった。
台本では拓海くんが美優ちゃんの頬に、キスの“ふり”をする・・・とあるのだけど
『好きっ!!』
拓海くんが台本どおりのキスをしようとするより一瞬早く
“眠っているはずの”美優ちゃんががばっと飛び起きて拓海くんにしがみついた
『拓海くんが好きっ!』
抱きつかれて固まる拓海くん
美優ちゃんはそんな拓海くんにだめ押しするかのように、頬にチュッと本気のキスを落とす
勿論、その途端、会場は大騒ぎ!
『美優ちゃんずるいっ!』
小人役の麗奈ちゃんは美優ちゃんを必死で引き剥がしにかかり、鳥の羽をかなぐり捨てたあいらちゃんはどさくさに紛れて拓海くんに飛びつく始末
突如繰り広げられる拓海くんをめぐる四角関係に会場はもはや爆笑の渦・・・
美優ちゃんのママ、麗奈ちゃんのママがあたふたと二人を引きはがそうと壇上に上がる
そんな時、二人に成されるがままだった拓海くんが、唇をふるふると震わせ二人の手を振り切った
しん・・・と静まり返る教室
次の瞬間、拳を握った拓海くんのとんでもない爆弾発言に会場中が固まった
『お、俺は、俺は・・・
ゆづ先生が好きなんだからな〜〜〜っ!!』
絶叫に近い大声で叫んだ拓海くん
おかげで、会場中の視線が今度は一斉にあたしに向けられる
『えっ?え〜っ??』
練習では完璧だったはずの劇は、もはや収集がつかない程の大騒ぎ