「椿〜、帰ろうぜ」




今は下校時間、ほとんどの人はもうすでに帰っているか、部活動に行くかのどちらかだった。




椿というのは、私の名前。




雨水 椿(うすい つばき)




教室に入ってきて早々、帰ろうと言ってきたのは私の大好きな和輝くん。




フルネームは吉澤 和輝(よしざわ かずき)。




高校入ってから出会って、同じクラスになって、好きになって、やっとの思いで告白した。




和輝くんも私の事が好きだってわかって、私達は付き合った。




もうすぐで、付き合ってから1年経つ。




でも、最近の和輝くんは……




私じゃない、違う女の子の事を見てる。




最近、あの子の事…




目で追うようになったね。




私と話してる時よりも、あの子と話してる方が楽しそうに笑ってて…。




それはきっと、和輝くんがあの子に恋心を抱いてるからなんだと分かった。




つまり、私が和輝くんの事を好きなだけ。




もう付き合い始めたあの頃みたいに、和輝くんからは心の底から“好き”とは言ってくれない。




付き合ってるはずなのに、私の片想いでしかなかった。




今は付き合ってるっていう、形だけ。




だから、私は決めた。









「ねえ、和輝くん」




和輝くんと私以外、誰もいない教室に響く私の声。




「……ん?あ、ごめん、ぼっーとしてた」




あの子の事考えてたのかな…。




「ねえ、私達……」




この言葉を言ったら、すべてが終わるんだろうな……。




「なんだよ急に」




和輝くん、私の事いつまで好きだった?




心の中で聞いた。




当然、心の中で話してる声なんて和輝くんには聞こえない。




だから返答も来るはずがない。









「別れよっか」




たった一言。和輝くんにそう告げた。









「別れたいの?いいよ」




あー……。




わかってたはずなのに、泣きそう。




「今までありがとう」




私は“ありがとう”と言いながら、お礼の気持ちと、一度でも私の事を好きになってくれた感謝を込めて、頭を下げた。




頭を下げたと同時に、私の目から、涙がこぼれ落ちた。




「いいよお礼なんて、楽しかったよ、じゃあまたな」




「うん、また…ね…」









あっさりとしすぎていて、逆に夢なんじゃないかと思った。




確かめるために、本気で両頬を叩いてみたけれど、夢じゃないから当たり前のように痛かった。




本気の力で叩いた自分の頬は、じんじんと痛み出して、その痛みと本当に別れてしまったという事実の悲しさに、また私は泣き出した。




教室に響く私の泣き声は、和輝くんが開けていったドアを通して、廊下にも響いていた。









誰かが廊下を走ってこっちにくる足音が聞こえた。




私は、和輝くんが戻ってきたんじゃないかって少しだけ、本当にほんの少しだけ期待をした。




「やっべぇ、忘れ物した〜」




そう言って、教室に入ってきたのは同じクラスの九条 晴翔(くじょう はると)くん。




わたしは、とっさに窓の方を向いて、セーラー服の袖口で涙を拭いた。




「あれ、椿…?まだ残ってたのか?でもさっきお前の彼氏……下駄箱で見たけど…」




私は、黙った。




なぜなら、さっきまで泣いていた私は




今声を出したら、泣いていたのがバレると思ったからだ。




でも、黙っているのも余計に怪しまれて……。