「家の用意し嫁だと思うと、どうしても手を出せなかったが……そうだな。お前は、お前だった」
ただ、跡継ぎを作るためだけの結婚。
彼はそれが気に入らなかったらしく。
「死ぬな。俺と一緒に、生きてくれ」
「……っ」
「誓うから。あの結婚式では誓わなかったことも、全部」
やけに真剣な顔をして、彼は言った。
「ーこれからの人生は哀華を守り、悲しいときはそばに寄り添い、嬉しいときは共に喜び、夫として永遠に哀華を愛し続けることを誓います」
もう、言葉も出なかった。
冷たい誓いに、冷たいキスだった。
なのに。
「んっ……」
今は、倒れそうな程に熱くて。
泣き、崩れ落ちそうになった私を抱き支え、唇を重ね合わせてきた來斗さん。
「ふぁ……っ、っっ」
深く長い、初めてのキス。
「…………よし、これから可愛がる」
「へっ!?」
いきなり、なんの宣言!?
「わ、私、離婚……」
「ん?」
わぉ……綺麗な笑顔。
「い、家に置いてあったでしょ?あれ、書いてくれた?」
そのまま、放置されてるのかな?
それなら……。
「來斗!」
「御門、お、吊戯まで」
「上手くいったのか?」
まさかの無視。
「なぁ、お前に言われたように言ってきたけど」
「お、サンキュー」
小袋を吊戯さんから貰った來斗さんは、
「これ、何かわかるか?」
小袋の中身の紙の破片を、私に渡してきた。
「これは……」
私の見間違いかな?
「ま、まさか、離婚届……?」
「その通り。見つけた瞬間、破り捨てた」
「なんで!?」
離婚したいなら、してくれれば良かったのに!
「言っただろ?お前のことは嫌いじゃないんだよ。嫌いなのは、家」
「知ってたけど……っ!」
「逃げようか」
「へ?」
「全てを捨てて、俺が遠くに逃げるって言ったら……哀華、お前はついてきてくれるか?」
そっと、手を握られる。
家が怖い。
でも、彼みたいに嫌いになることは許されない。
逃げたかったところ。
あなたに会う時だけ、私は日々を忘れられた。
あなたの笑顔が、私の光だった。
だから。
「……私たちが逃げて、誰も傷つかない?」
見上げると、彼は柔らかく笑って。
「世界中回ってみる?」
夢見た、外の世界。
「美味しいご飯とか、世界順のお祭りとか、見てみたいな。それと、友達もほしい!」
「ああ。そうだな、いっぱい食べたり、見たりしようか。友達は目指せ、1000人だな」
「1000人!?」
「ワクワクするだろ?未来の予定を立てるのは」
コクコクと、私は首を縦に振った。
「そのために手術を受けろ。そして、生きろ。俺のために、お前の未来のために。一緒に生きよう。な、哀華」
私の名前は、こんなに特別なものだっただろうか。
特別な響きに聞こえる。
「うん!」
頑張ろう。
彼と生きるためだけではなく、
自分のために。
だからー……。
「おめでとう!」
お祝いの声が響く中、私は笑った。
ここは、ヨーロッパ。
そして、6月。
スッキリとした季節の中、私はウエディングドレスを身につけて、來斗さんの隣に並んでた。
「にしても、本当に無事に手術が終わってよかったね」
「吊戯さんたちがいいお医者様を紹介してくれたおかげだよ。ありがとう」
「來斗に相当、キレられたからなぁ……」
「キレたと言えば、まぁ、御坂のおっちゃんのキレ方が凄かったよな」
私は吊戯さんの紹介で、アメリカで手術を受けた。
正直、日本で受けても治る病気だったらしいんだけど、追っ手がかかる前に逃げようと……私達はアメリカに行き、手術後にヨーロッパ巡りをし、來斗さん……來斗のの要望で再び、結婚式を挙げることになった。
今日はその結婚式の日で、私は幸せに頬を緩めた。
日本では私の家族や、來斗の家族が血なまこになって私たちを探しているそうだ。
それを間接的に聞き、震える私を見て、來斗は笑い。
『帰ったら、殺されるから……あいつらがくたばるまで、世界中で生活しようか』
と、言い放った。
世界を回るということは、つまり、吊戯さんの会社を辞めるということで。
本当は私との結婚と同時に辞めるはずだったんだけど、意地として辞めなかった來斗。
その件で、折檻を受けたのが遠い日のようだ。
日本を飛び出してからというもの、來斗はとても大事にしてくれて。
辛いことも、何も無く。
日々、ただ、ただ、幸せを感じていた。
『本当に、日本を飛び出してもよかったの?』
吊戯さんの会社を辞めることに、あんなにも抵抗していたのに……私がそう言うと、彼は笑って。
『外で会社を興そうか』
……なんて。
無理だと思ったけど……彼は、本当に成し遂げた。
「にしても、すごい花だな」
飾られた花の装飾品を眺め、御門さんが呟く。
「そして、まぁ、人の多いこと……これ、全員、社員か?」
会社を興した來斗は華道を利用した。
家業を利用して、一気に会社を大きくして、世界に轟かせるまでになって。
その本拠地が、ここ、ヨーロッパというわけだ。
会社が忙しくて、日本を出てきてから、早5年以上。
漸く、再結婚式を挙げられた今日、來斗はずっと笑ってる。
その笑顔をそばで見られることが嬉しくて、幸せで、仕方がない。
「……ねね、哀華」
吊戯さんと、御門さんと來斗が笑って話し込むのを見ながら、私は彼女達を見る。
「どうしたの?千華、夏咲」
「あのさ……」
ごにょごにょと耳元に囁かれた、単語。
「うえっ!?」
私は思わず、変な声を出してしまって。
だって……。
『もう、寝た?』
……なんて。
直球にも、程がある。
「まだ、だけど……」
小声で、返す。
だって、來斗に聞かれたら、私、恥ずかしくて死んじゃう。
「まぁ、今夜が初夜?」
「うっ、」
「頑張ろうね!いや、頑張ってね!哀華!!」
「頑張るって、何を頑張るの〜っ」
私が気にかかるのは、1つ。
爛れている、背中の傷だ。
整形も考えたけど、死ぬつもりだったし……來斗と和解してからは、そんな暇はなかったし。
勿論、したいなんて言えるわけもなく。
「不安……」
「そんなに思い詰めることないよ?」
「経験者〜っ、助けて!」
「んー、リラックスして、任せろとしか言えないなぁ……」
「リラックスって!!」
「大体はリードしてくれるから、大丈夫だよ?ほら、課長……じゃなかった、來斗さんは上手そうだし!」
いや、心配しているのは來斗の技術じゃなくて!!
「でも、なんで、上手そうなの……?」
やっぱり、浮気とか……?
「何、不安な顔してんの!なんで、私達がこんな風に言うのか、根拠はあるからね!」
すると、2人は声を合わせて。
「御門の幼なじみだから!」
「吊戯の友達だから!!」
……2人は旦那さんの相手に、精一杯のようです。
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。
(心臓が口から出てきそう……)
一緒にと言い張った來斗を押しのけてお風呂に入った後、私はベットの上で死ぬほど緊張していた。
「無理だ……」
色んなところで、自信が無い。
無理無理無理無理。
恥ずかしい。
四十路近くにもなってと思います?
でも、本当に自信ないの。
「哀華」
悶々と悩んでいると、声をかけられて。
「ひゃい!?」
裏返った声が出てしまった。
「……」
來斗は目を丸くして、
「クッ、クククッ……緊張してる?」
「うっ……」
「可愛いなぁ……」
サラり、と、髪ひと房攫われ、
「大事にするから、俺にくれない?」
そっと、キスを落とされた。
その瞳を見ていると、抗えなくて。
「私なんかでいいのなら……」
……夜はまだまだ、長いです。
「んっ……」
そっと、触れるだけで漏れる甘い声。
聞いているだけで、どうにかなってしまいそう。
昼間、吊戯たちが言っていたのはこのことなのか。
『女は恐ろしい。無意識に、俺らの理性を叩き壊しやがる』
……確かに、その通りみたいだ。
頬を赤らめ、背けようとする哀華の顎を掴み、キスを落とす。
「ふぁ、っ……んんっ、らいっ、と……」
「ん?」
全力で、背中を守ろうとする哀華。
理由は分かってる。
「哀華、」
「やっ……」
胸にキスを落とし、
「背中はやだっ」
手首にキスをし、油断させる。
「……意味、知ってるか?」
「え……?」
恐る恐るこちらに顔を向けた哀華の鼻に、キスを落とす。
「胸にキスするのは、所有って意味がある。手首は、欲望。鼻は、愛玩」
「……」
「でな、」
「キャッ……」
怯んだ隙に背中あらわにし、上に覆いかぶさる。
「やだっ」
そこにあったのは、多くの刀傷。
そして、それが爛れた後。
「あっ、……」
その背中にも、キスを落とす。
意味は、確認。
ずっと、哀華は自分のものであるという確認だ。
「醜いでしょ……?だから……」
「全然。愛しいよ」
「っ……ぁ!」
「俺を守った証だろ?どうして、醜い?愛しいよ、愛してる。哀華」
手放さず、ただ、愛し抜く。
哀華は俺の最愛。
「やっ……來斗!」
「……っ、」
死がふたりを分かつまで、
いや、たとえ分かつても、
絶対に離さない。
「哀華、俺を見て」
「っ、はぁっ……」
頬を撫で、今度は額に。
「覚悟してね、俺に愛されること」
俺の後ろをついてまわった小さな女の子は、
「……っ」
とても魅力的な、美しい女に成長した。