「花美?」
風に揺れた佐々くんのやわらかい髪が、私の頬を撫でる。
目を閉じても、何にもならない。
佐々くんと、名前も知らない“彼女”のキスが頭に浮かんで離れない。
「は~なび…?」
私の五感、すべてをこじ開けるように、佐々くんの存在が流れ込んでくる。
だから両手で耳を塞いだ。
顔を背けて、くすぐる髪から逃げる。
「……お前さぁ、ホントにわざとやってんじゃぁ、ねぇよな?」
強引に腕を引かれると、いっきに香りを増す、佐々くんのコロンの匂い。
今日、何度目かのキス……
その甘ったるさに、のぼせてしまう前に、私は夢中で抗った。
ガブっ!!
「痛てぇっ!!」
噛みついた!
素早く距離を取り、エントランスホールのドアを開き、居住者スペースに入り込む。
「佐々くんのコトなんか、絶対に、ぜぇええ~ったいに、スキになんかならないもんっ!!」
「…花美っ!」
バンッ!!
ギリギリのところで、扉が閉まる。
私はそのまま、エレベーターにかけ乗って、最上階のボタンを押した。
「あの、バカが……、絶対に惚れさすっ!」
扉にさえぎられて、佐々くんの言葉は聞こえない。
私はエレベーターの小さな箱の中で、
「佐々くんのコト、スキになったら、佐々くんとHできないじゃん」
と、呟きながら、
なんだか、ムズムズとくすぐったい感情が、これ以上溢れだしてしまわないように、心に重い蓋をした。