「そっかぁ~。
『赤ずきん』はセリフの言い回しが難しいし、『赤い靴』は後半の踊りが難しいんだよねぇ……。
でも、あたしだって、いつかは“舞台”で()ってみせるもんね!」

よし、と、両拳を握って意気込む未優に、留加がふっと笑う。

「いつか、ではなく、今日から君は“歌姫”になったんだ。まずは、君の得意な歌から始めたらどうだ」

調弦を終えた留加は、未優をちらりと見てきた。その眼差しに、未優は手元の“演譜”から『赤い靴』を取り出す。

「じゃ、これから歌います!
えぇっと……これは、あの曲がイメージかな? パガニーニの『鐘』のやつ」
「『ラ・カンパネッラ』、だな。分かった。弾こう」

心得たようにうなずいて、留加がヴァイオリンを構えた。未優は最初の何小節かをハミングで合わせ、それから声にだして歌う。

(……あれ?)

未優は違和感を覚え、思わず歌うのをやめた。

「ごめん。なんか、ちょっと違う気がして……」
「同感だ。音が、合わない」

それが音程を指していないことは、未優にも解った。留加の音色に、自分の歌声が【のって】いかないのだ。

「……留加の音、ちょっと暗くない?」
「君の声が、能天気に明るすぎるんだ」

未優はムッと眉を寄せた。まるで人格を否定されたようだと思う。

(こんなの、初めて……)

留加とは今までに何曲か合わせてきたが、お互いに「違う」と感じたのは今日が初めてだった。最初に合わせた時ですら、響き合っていたのに。