未優も、自分の部屋に戻り、入って右側にある防音室の扉を開けた。譜面台と、丸テーブルが一つずつ置かれている。
カチャリ、と、未優が入ってきた扉と反対側にある扉が開き、留加がヴァイオリンケースを持って現れた。

『禁忌』の部屋は続き部屋となっており、バスルームと寝室がある大きな部屋を未優が、それよりも狭いスペースの部屋を留加が、防音室と薄い壁を隔てて使うようになっている。

(薄壁の向こうに留加が……って考えたら、絶対今日は眠れない……)

実際は、留加の部屋とは反対側の方に寝室があるので、眠る時には、どんな物音も聞こえてこないはずだ。
が、やはり、隣の部屋には違いなく、未優はときめく自分を止められなかった。

「さっき、『王女』の“舞台”のリハーサルを見せてもらった」

弓を張りながら、留加はポツリと言った。とたん、未優は緑色の瞳を輝かせる。

「ホントに!? いいなぁ……あたしも観たかったよー。ね、どんな感じだった?」

松脂(まつやに)を弓に塗っていた手が、止まる。一瞬ののち、留加は再び弓を動かした。

「一人は『赤ずきん』を、もう一人は『赤い靴』を演じてみせた。二人とも、さすがに『王女』といった感じだった」

いつも以上に留加の口調は淡々としていて不自然であったが、未優はそれには気づかなかった。