『山猫』の身軽さと、『犬』の俊足力で───未優は留加に、抱きとめられた。

かすれた声で、留加が言った。

「……君は……本当に“歌姫”になる気が、あるのか……!? なんて、無茶なことを、するんだ……!?」

乱れた息遣いが、近い。その事実に未優はときめきながらも、気持ちを抑えて言い返す。

「あたしは『山猫』だもん。このくらいの高さなら、平気だよ。……だけど、留加がここまで駆けてきてくれたこと、嬉しかった。
ありがとう」

瞬間、留加は未優を手放した。片手で顔を覆い、横を向く。
暗がりのなか、留加の顔が赤くなるのがわかった。その反応を、未優はどう解釈してよいのか、とまどう。

(少しは意識してくれてるって、思っても……いいの、かな?)

自分の都合の良いようにとって、あとでひっくり返されるのを恐れた未優の無意識が、彼を追ってきた目的を思いださせた。

「あの……ね、留加。その……今日は、ほっぺ引っぱたいたりして、ごめん!」

思いきり頭を下げる。そんな未優を、留加は黙って見下ろした。

「あたし……ホントどうしようもなく馬鹿だけど、でも、見捨てないで、これからも“奏者”をやっていってくれないかな?
これからも、きっと今回みたいに、留加に対して間違った態度をとっちゃうかもしれない。
だけど、あたし、留加とやっていきたいの。ずっと……ずっと、この先も」