「何言ってんの、未来の“歌姫”が。みんなにその歌声、聴かせてあげなよ」

ふふっと笑って、薫は通話を切った。

未優は深呼吸した。小さな声で発声し始めると、それから歌い、語りだす───今日演じたばかりの、『人魚姫』を。

†††††

「じゃ、まだディナーには早いしお茶にでもしようか」
「“第三劇場”前まで連れてってよ。あたし、家に帰りたいんだけど」

機械(スマホ)より、やっぱ獣の力の方が役に立つんだねー、と、しみじみ言って、薫は聴衆に囲まれた未優に笑って近づいてきた。
ちなみに、かなり前にはこの場所に着いていたはずだが、未優の『人魚姫』を聴きたいがため、気配を絶っていたようだ。

「ねぇ未優。じゃ、こんなのはどう? 僕が知ってる『禁忌』について教えながらのティータイム」

薫は、未優がいま一番欲しいものを知っていた。未優は薫の誘いに、のるしかなかった。
───知らないことが、のちに自分を苦しめることを、知ってしまったのだから。

「『禁忌』ってのは、もともとは未優のような“純血種”が“歌姫”になった時に、与えられる“地位”だったらしいよ」

未優が迷子になった場所から、ほとんど離れていないオープンカフェ。
薫は運ばれてきたカフェオレをひとくちすすると、そう切りだした。