「だから! 緑がいっぱいで、あたしは今、ベンチに座ってんの! もういいよ、誰かに道訊いて帰るから!」

一方的に通話を切る。

別に、一人でだって、帰れる。来た道を戻って、“第三劇場”前のモノレールに乗れば良いのだ。
未優は立ち上がった───が。

(あたし……どっちから来たんだっけ?)

未優は、自分が筋金入りの方向音痴だったことを思いだす。……自力で帰るのは、無理だ。
そう結論づけた時、タイミングをはかったように、携帯電話が着信を知らせてきた。
見ず知らずの他人を頼るより、ここは『虎』の“支配領域”だ。大人しく彼を頼ろう。

そう思って電話に出たとたん、
「未優、歌って!」
いきなり言われ、未優はあっけにとられた。薫はそのまま話を続ける。

「僕、あんまり嗅覚は鋭くないけど、“耳”は良いから。聴覚も、良い音を聴き分けるって意味でも」
「歌えって言われても……」
「僕を信じて、歌って。その声が、僕を未優のところまで導いてくれるはずだから」

確かにネコ科の自分達は、本来聴覚が鋭い。
本来、と位置づけたのは、未優は感覚系の「獣」の部分が、一族のなかでも(まれ)なほど「人並み」であったからだ。

「解った。歌う。……けど、早く来てね。恥ずかしいから」