「ねぇ、留加。君、矛盾してるよ? 本当にビジネスだけだっていうなら、君はここで、未優を追うべきだ。それが、雇い主である慧一の意向だったはずだからね。
なのに、君は未優を追わないでいる。それは──」

言いかけて、薫はふふっと笑う。
これ以上の『親切』は、留加にとってもありがた迷惑だろう。そう思って、薫は違う言葉を口にする。

「じゃ、僕は未優を追うよ。ここはウチの“支配領域”だし、何かあってからじゃ遅いからね。
──というワケで。響子さん、僕はこれで失礼します。これからちょくちょく来ることになると思うけど、どうぞ、お手柔らかに」

閉めかけた扉のすき間から顔をのぞかせ、片目をつぶってみせると、薫は部屋を出て行った。

あとに残された留加は、小さく息をつく。

「──アムールの坊っちゃんの言う通りだね。お前さん、なんでわざわざ誤解を生むような言い方、したんだい」

執務に戻りながら、響子は留加に声をかける。
留加は黙っている。
「犬飼」という“血統”名は、ジャーマン・シェパードの血をひくことを示しているが──。

「お前さん、シベリアンハスキーの血が混じってんね、その青い眼」

いきなりの話題転換に、ぎょっとなって留加は響子を振り返った。ふっと笑って、響子は手にした万年筆を留加に突き付ける。