「……今の、契約とか報酬って、何」

およそ未優らしからぬ、感情を押し殺した声。
ちらりと響子が目を上げて、未優と留加を見た。薫は腕を組んで、あらぬ方向を見ている。

留加が言った。

「君が“歌姫”になるなら、おれが君の専属の“奏者”になるという、契約だ」
「……父さまに、言われて?」
「正確には、君の婚約者が作成したものだろう。
先日、仮契約は済ませた。あとは、君が“歌姫”になった時本契約を結ぶ手はずになっている。
──何か、問題が?」

静かで淡々とした口調。なんの感情も浮かばない留加の青い瞳が、未優を映す。
訳の解らない(いら)立ちが、未優を襲った。片手が、上がる。

「……っ……」
「信じてたのにっ!」

留加の片頬を叩いた手を、もう片方の手で押さえこむ。震えが、止まらなかった。

留加が未優にくれた言葉のひとつひとつが、それまでとは違った響きをもって、未優のなかでよみがえる。
未優を喜ばせたそれらは、留加の「仕事」のうちなのだ。

留加が自分に対し、恋愛感情を抱くはずはないということは、解っている。
だが、自分の“奏者”になってくれるということは、ふたりの間に「特別なつながり」ができるはずだと、未優は思っていた。
互いに対する恋愛とは違う意味での、好意的なものがはたらくのだと……。