「では、参りましょうか、姫? お手をどうぞ」
「……一人で歩けるんだけど」
「そんなつれないこと言わないで。留加のいる舞台袖まででいいから。ね?」
「……あんたが来られるのって、そこまでじゃん」
「うん。そうだよ。だから」

未優の素っ気なさも突っ込みもものともしない薫に、未優は思わず噴きだした。差し出された手を取る。

「薫って、ホント変わってるね」
「そう? 僕はフツーだと思ってるけど、よく人から言われるんだよねー」

歩きだしながら、薫は未優に笑ってみせた。

「でもね、僕の《耳》は変わってないよ。僕が良いと思うものは、多くの人も良いって思えるものだから。
今日の君の“舞台”、本当に楽しみだよ。
僕は世話係になって後悔したことはなかったけど、ひとつだけ失敗したなと思ったのは、君の“舞台”を客席で観られなくなってしまったことかな?
まぁ、その代わり、君のいろんな表情や仕草を、間近で見られるようにはなったんだけどね。
───あぁ、君の王子様が待っているね。僕の役目は、ここまでかな。
行ってらっしゃい、未優。最高の“舞台”を、期待しているよ」

つかまれた指先にキスされて、未優は思わず手を引っこめたが、初めて会った時のように、それをぬぐう真似はしなかった。
……薫が寄せてくれた想いを、むげにはできなかった。