「もし、君がいま、明日の“舞台”に立つことに自信をなくしているというなら、どうか、おれを信じて欲しい。
君の歌声を信じている、おれを」

未優は瞳を閉じた。

そうだ。自分は独りで“舞台”に立つ訳じゃない。
いつも側には留加がいて、自分のために旋律を奏でてくれている。その留加のヴァイオリンに応えて歌えばいいのだ。
それがきっと───最高の“舞台”となるはずだから……。

「ありがとう、留加。明日も、よろしくね」
「あぁ。こちらこそ」

向けられたいつも通りの眼差しに、留加は胸を撫で下ろした。
薫あたりに気の利いた言葉でも教わった方が良いのだろうかと、思いながら。


†††††


渡されたプログラムを見ようともせずに、男は舞台と客席を、静謐(せいひつ)な眼差しで見下ろしていた。

コツコツと、武骨な指先がテーブルを規則正しく叩いてはいるが、チャコールグレイのスーツ姿は、異国の地の紳士を思わせた。
その耳にあるのは、三日月型の金色の“ピアス”。

「お忙しいところをお越しいただき、恐縮です。イリオモテの……猫山様」

指先がピタリと止まる。かけられた声の持ち主を振り返らず、泰造(たいぞう)は息をつきながら言った。

「……君は、どこへ行ってもやっていけそうだな」
「それが、私の唯一の取り柄かと思っております」