「……ありがとう、留加」
「いや。他に、聴きたい曲はあるか?」

留加に問われて、未優は一瞬だけ迷ったが、すぐに思いきって、その曲名を告げた。

「エルガーの『愛のあいさつ』を弾いて?」
「……わかった」

わずかだが、留加にためらいが生じたのを見てとれ、未優は少しだけ後悔した。

しかし───。

(あぁ、イメージ通りだ)

甘くて優しくて……ほんの少し高潔な魂が感じられる音。それが、留加の『愛のあいさつ』。
甘すぎない感じが、ちょうど良い。

弾き終えた留加が、ゆっくりと弓を下ろす。

未優は留加に言った。

「留加。あたしの『人魚姫』の終幕は、『愛のあいさつ』でいくね」

真剣な眼差しと口調に、留加は言いかけた言葉をのみこんだ。

『人魚姫』の結末は、悲劇だ。『愛のあいさつ』を使うには、かけ離れ過ぎているように思えてならなかった。

留加がそれを口にしなかったのは、未優が、考えに考え抜いたうえでの“解釈”であるはずだと、思ったからだ。

「……そうか。わかった。君の望む曲を、おれは弾く」
「反対しないんだね」

挑むように自分を見てきた未優を、留加は正面から見据えた。確信しながら答えを返す。

「君の“解釈”を聞こう。そして、そのうえでもう一度、おれは『愛のあいさつ』を弾く」