「もしあなたが、私の過去が原因で、あの子との恋愛に踏みだせずにいるというのなら、それは、いい迷惑だわ。私を、馬鹿にしないで」

シェリーは留加から離れた。じっと、彼を見つめる。

かすれた声音で留加は言った。

「……おれは、またあなたに、失礼なことをしていたんだな」

馬鹿ね、と、シェリーは苦笑いを返す。

「あなた、少し難しく考え過ぎなのよ。
好きという気持ちは理屈じゃなくて、感情なんだから。
想うままを、伝えたらいいの。それで充分なのよ」
「───あぁ、解った」

素直に応える様を見て、シェリーはつぶやく。やっぱり、変わってない、と。

「じゃあ、早く行ってあげて? あの子の所に。
私、あの子のことが好きなのよ。誤解されたままでいるのは、悲しいわ」

留加は軽くうなずいて、ヴァイオリンケースと、未優が置き忘れて行ったシューズとをつかみ、トレーニングルームをあとにした。


†††††


防音室で、未優は声をあげて泣いていた。
自分でも、どうしようもない感情の嵐が吹き荒れていた。

(あたしのために弾くって、言ったのに……!)

ひどいと、思う。
自分以外の誰かのために、留加が弾くなんて、許せなかった。

「───未優……」

留加の低い声が室内に響き、未優のおえつが止まる。あわてて涙を拭い、未優は横を向く。