壁時計が10時を示し数十秒ほど経った頃、留加がヴァイオリンケースを片手に現れた。

シェリーは微笑んだ。

「大きくなったわね、留加」
「……返答の、しようがないんだが」

シェリーは小さく笑い返すと、留加のヴァイオリンケースを指差した。

「じゃあ、準備してちょうだい。もちろん、弾いてくれるんでしょ?」
「あぁ。調弦は済ませてある。すぐに弾ける」

言葉通り、留加はすぐにヴァイオリンを構えた。シェリーも心得たように、最初のポジションをとる。

直後、留加がその身を揺らして奏でた旋律は、ビゼーの『闘牛士の歌』だった。

シェリーは、あの頃よりも格段にあげた技術力と表現力で、情熱的なリズムを刻み、踊ってみせた。


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別館のトレーニングルームへ向かう通路の途中で、未優は立ち止まる。

さきほどあわてて部屋に戻ったがために、シューズを置き忘れたのを思いだし、取りに戻って来たところだった。

最初、もし貸し切りの主が綾なら、トレーニングルームに戻るのを避けたいという気持ちがあり、未優はシャワーを浴びる準備をしていた。

しかし、物を粗末にしてはならないという母の教えが頭から離れず、こうして来たのだが。

───ヴァイオリンの音色が、した。その事実に、未優は嫌な胸騒ぎを覚えた。