「そう、それが『規則』だからじゃ。
どんな理不尽なことであってもそういう規定がある以上、人は従うべきなんじゃ。でなければ、秩序が乱れるからな。
秩序が乱れるということは、人が人を信用できなくなるということじゃ。……それは、恐ろしくないかね?」

未優は口をつぐんだ。漠然とした問いかけに、とまどったからだ。

「人を信じられなくなると、生きづらいと思うはずじゃよ。
考えてもみなさい。パンひとつとったって、肉ひとつとったって、人を疑いだしたらキリがない。
このパンの賞味期限は本当に正しいのか? この肉は食べて安全なのか? とね。
そうなると、何も食べられんようになるじゃろ? だから人の世は、基本的に人を信用するようにできている。《規則は守るべきだ》という大前提の元で。
例えそれが、どんなに理不尽なことであっても、法が変わらぬ限り、破ってもいいことにはならん」

勝は未優を見た。しわだらけの顔に、さらにしわを刻んで微笑む。

「嬢ちゃんが、自分以外の誰かが理不尽な目に()っていると、憤る気持ちも解らんではない。
ないがな、では訊くが、嬢ちゃんは“歌姫”を辞めて、政治家にでもなるか?
嬢ちゃんの親父さんは、確か代議士だったのう。地盤を受け継がしてもらうことも可能かな?」