「かしこまりました。……あぁ、留加様。ひとつだけ」

去りかけた留加を、清史朗が呼び止める。

「ヴァイオリンを忘れずにとの、お言づけがございました」
「……わかった」

ゆっくりと、留加はうなずき返してみせた。
「また明日ね」と言われた日から、もうすぐ八年が経過しようとしていた───。


†††††


(『女王』になれ、か……)

未優は壁にかけたカレンダーを見やる。

“歌姫”になるために、“歌姫”が《本来どんな職業であるかも知らず》未優は面接を受けた。
その日から、ようやく一ヶ月が経つか経たないかのこの時期に、『女王』をめざせと言われるとは予想もしていなかった。

(そもそもあたしの目標って“歌姫”になることで、『女王』になることじゃなかったし)

“歌姫”として“舞台”に立つことができれば、それで良かった。

夢は叶ったと、言っていいだろう。
あとはずっと、このまま“歌姫”で居続けることができれば、それで幸せのはずだった。

(でも、このままじゃ、あたしはいずれ“歌姫”を辞めなくちゃならないんだ)

『山猫族』の頂点に立つために───。

それは、未優が望む場所ではない。未優の居場所は、ここ、“第三劇場”でしかない。“歌姫”であることだ。

(それなら、『女王』になるしかない)