未優は唇をかんだ。“歌姫”になれることが嬉しくて、父の真意に気づけなかった。
本当の意味で“歌姫”になることを、許されたわけではなかったのだ。

「───何も、今すぐ『女王』になれとは言っていない。だが、今からめざした方が良いことは、解っただろう?」

未優の表情を読み取り、慧一はなだめるように言った。
自覚のあるなしでは、『女王』になるまでにかかる時間に、雲泥の差があるだろう。
ましてや、一点集中型の未優のようなタイプには、目標は明らかに示した方がいいはずだ。

「でも、『女王』になったからって、父さまに“歌姫”でいることを、許してもらえるわけではないんだよね?」

もちろん、許しを得られなくても、“歌姫”を続けていきたい。だが、そううまくいくだろうか───?

泰造は、未優が二十歳を過ぎても家に戻る意思がないと知れば、あらゆる手段を使って、“第三劇場”に圧力をかけてくるだろう───未優を辞めさせるために。

「許す許さないは、親父さんの心の問題だ。『女王』になれば、事実上、親父さんはお前に、手出しなどできなくなるからな」
「えっ? そうなの?」

驚いて、未優は慧一を見返す。眼鏡のない顔で、慧一はその目を細めた。

「『女王』は公娼免除の他に、様々な特権があると、面接の時にマダムが言っていただろう」