しかし、彼はお姉さんにそれを止められた。露わになった二の腕が、彼の目をかすめて、その自由を奪った。振り仰いだお姉さんの唇は裂け、血がにじんでいた。

「……ダメ。誰も、呼ばないで。私を人間(ひと)扱いする人は、いないんだから……」

かすれた声音は、絶望的なまでに低いささやきで。灰色がかった青い瞳が優しく瞬いて、そして告げた。

「お別れね、留加。私はもう、この街にはいられない」

───それが、彼が聞いたお姉さんの、最後の言葉だった。

やがて成長した彼は、お姉さんがどういう目に遭わされたのかを理解する。
そして、それが彼女が『犬』と『狐』の“異種族間子”だったために、為されたこと。

さらに、獣のような所業が、まさしく獣になる一歩手前の者によって行われたこと。
───“変身”前の(オス)によく見られる行動であり、なおかつ、通常は重い罪に問われるはずの行為も、相手が“異種族間子”ならば罪にならないということも、知った……。

†††††

「すまないが、“奏者”を休ませてくれ」

夕食をとりに行こうと食堂に誘った際、未優は留加にそう言われた。
何か食べる物を持って来ようかという問いに、留加は欲しくはないと答えた。

(大丈夫かな、留加……)

夕食を終え、部屋に戻った未優は、図書館で借りた『ラプンツェル』を読む手を止め、壁向こうの留加を想う。
一昨日から具合悪そうにしていたが、さすがに今日は限界だったようだ。

昼に音を合わせた時も、何度も中断し、その度に「すまない」と謝る留加に、未優の方が申し訳なく思ったくらいだ。