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身体の奥でわき上がる衝動を自覚し、留加(るか)は深く息を吐いた。

(また……あの忌むべき時間が、繰り返されるのか……)

洗面台のふちをぎゅっとつかみ、もう一度、深呼吸した。……震えがくる。けれども、そう簡単に自らを手放す気にはなれない。
三度(みたび)、同じ動作を繰り返した時、室内にノックの音が響いた。

「留加、いるーっ!? 音合わせしてもらっても、いい?」

未優の声だった。一瞬だけ惑い、それから留加は未優の求めに応じドアを開けた。

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防音室で、未優は留加に、さきほどもらったばかりの“演譜”を手渡した。

「……ってコトで、あたしが“舞台”に立とうと思ったら、来月の中旬頃に切り替わる“連鎖舞台”に出るしかないみたいなの。
でもって、その前にその“舞台”メンバーに選ばれなきゃなんないんだけど……ちょっと、大変だよね」
「だが、やるしかないだろう。“奏者”として、おれも最善を尽くす」

“演譜”に目を落とす留加を、未優は意気込んで見上げた。

「うん! だよね? あたしも、頑張る!
……ところで留加は、『ラプンツェル』のお話って、詳しく知ってる?」
「いや、大筋しか知らないな。確か、魔女によって塔に閉じこめられた、髪の長い少女の話だったと思うが……」
「そっか。あたしも実はこの話、よく知らないんだ。
まぁ“解釈”だけで言ったら、『灰かぶり』の方が、すぐにできそうなんだけど。
……ほら、この箇所、ラプンツェルが塔で歌ってると王子がやって来て……って、あるじゃない? ちょっとこれ、いいなって思って。
“舞台”経験の浅いあたしが、他の人より少しでも上に行こうと思ったら、やっぱり、得意な「歌」を活かせる方が良いかなって」