ドキドキする胸を押さえながら軽く深呼吸して顔を上げる。

そこには紛れもなく澤井さんが微笑んで座っていた。

もう二度と会うことはないって思ってた人が目の前にいる。

心に封印しようとしていたのに、その目で見つめられたら一気に閉ざしていた扉が私の中で開く。

「その後、足の調子がいいようでよかったよ」

「はい、その節は色々とありがとうございました」

私は足を揃えて頭を下げる。すぐに引き上げようと思ったのに澤井さんは続けた。

「まさか君がこの会社で受付してるなんて思いもしなかったよ。谷浦さんとは妙な縁があるようだね」

「妙な縁、ですか」

思わずひっかかった言葉を反復したら、澤井さんが笑い出した。

「ごめんごめん。俺の言葉のチョイスはいつも君の気に障るみたいだ。今度レクチャーしてもらわないといけないな」

「そんなこと・・・・・・」

完全に自分の心を見抜かれてるような気がしてうつむいたまま動けなくなる。

その時ノック音が響き、藤波専務が朗らかな笑顔で入ってきた。

「いやー、澤井くん久しぶりだね。今年もよろしく」

澤井さんはさっと立ち上がると、深々と専務に頭を下げた。

「今年もよろしくお願い致します。新しいプロジェクトのCM作成では年末からお世話になっております」

「君たちもなかなか面白い提案を次から次へと出してくるね。こちらもやりがいがあるよ」

専務は大きな声で笑った。

普段気むずかしいと有名な藤波専務がこんなにご機嫌で笑っている姿は初めて見たかもしれない。

澤井さんって、この若さで噂通り本当にすごい人なのかもしれない。

何もかも揃って、揃い過ぎていて。私にはやっぱり眩しすぎる。すうっと冷たい風が心の扉を再び閉めた。

「君、下がっていいよ」

澤井さんの横で立ちつくしていた私に専務が声をかけた。

「あ、はい。失礼します」

私は慌てて一礼すると、部屋を後にした。

扉を閉めたその前で、ふぅーと息を吐く。

まだ足ががくがくと震えていた。