「父が復帰するまでは山川さんと二人で店に立とうと思っています。でも、そうなると仕事をどうするか悩んでいて。有休ももうすっかりなくなってしまって」

「そうだな。俺のつてで菓子業者から何人か派遣させてもいいけれど、それはお父さんが許さないだろうし」

「私、会社を辞めようかと思ってます」

「え」

澤井さんは驚いた顔で私を凝視した。

「もうそれしか店を守る手段はないと思って。今日まで店に立ってみて、父が築き上げたものがいかに大切で私達にとってかけがえのないものかってことが初めてわかりました。その店を誰かに任せたり、つぶしてしまうなんてことはできません」

彼は視線をテーブルに落とすと、目をつむり何度か頷いた。

「真琴の言っている意味はよくわかる。お父さんもきっとその言葉を聞いたら喜ばれるだろう」

彼の声が私の背中を押すように優しく響く。こんな決意が固まったのもほんの少し前のこと。

父が右手を擦りながらうつむく寂しげな背中を見ていたら、そうするのがベストな選択だと思った。

父の代わりにはなれないけれど、いつ治るかわからない右手の代わりくらいはできるんじゃないかって。

「私、大丈夫でしょうか」

「ああ、大丈夫。真琴ならきっとやれる」

彼は僅かに口元を緩めた。