翌朝早く家を出て、抹茶プリン8個を膝に抱えて新幹線に乗っている。

スマホの着信音が鳴ったので見ると亜紀からだった。今日仕事を休みにしておいてよかったと思いながらLINEを開く。

【昨日の交渉はうまくいった?京抹茶だったっけ?うまくいった暁には私に抹茶プリン作ってね!今日は山並さんと受付がんばります 亜紀】

ありがとうと返信を打つ。

いつもお世話になってる亜紀には抹茶プリン作ってあげなくちゃね。

その前に京抹茶の抹茶を卸してもらえないとお話にならないから、亜紀のためにもがんばろう。

膝の上のプリンが入ったクーラーボックスをそっと撫でた。


昨日と同じ部屋に通される。

受付の女性は、少し困った顔をしてお茶を持って来た。

「すみません。今日は社長は会議が立て込んでおり、お時間取れないと申しております」

「え」

思わず自分の表情が強ばるのがわかる。

受付の女性は膝に置いたクーラーボックスに目をやると尋ねた。

「こちらは?」

「あの、京抹茶さんの抹茶で作ったプリンです。こちらの商品は私が作りました。是非一度社長に食べて頂きたいと思って」

「そうなんですね。少々お待ち下さい」

女性は頭を下げると、部屋を出て行った。

社長、お願い。食べて下さい。

祈るような気持ちで部屋で待っている。置き時計の振り子がカチッカチッと無機質な一定間隔の音を鳴らす。一人で待っている時間がものすごく長く感じられた。

その時、部屋の扉がノックされ、再び女性が会釈して入って来る。

「社長はやはりお会いになることはできないのですが、うちの本店長が会うそうです」

私は急いで立ち上がる。

扉の奥から40代くらいの前髪をきちっとつやつやに横分けし、皺一つないスーツをぴしっと着こなした男性が現れた。

本店長って、こないだ私が電話したとき、けんもほろろだった男性?

思わず背筋が伸びて緊張が走る。

「まぁお座り下さい」

眼鏡の奥の目は社長と同じするどく光っている。一瞬の隙も見せられないような目だった。

「このたびはお父様のことは大変でしたね。一日も早い回復を願っております」

本店長は無表情のまま私に頭を下げる。

「今回は何度もこちらにお邪魔して申し訳ありません。どうしてもこちらの抹茶を卸して頂きたくて今日も来てしまいました」

「社長も昨日申し上げたと思いますが、あなたのお父様にはお売りできてもあなたにはお売りできません」

私が言い終わるのと同時くらいに本店長は言葉をかぶせるように言い放った。