「うーん、児童文学もファンタジーも好きですが、特別好きというわけじゃないんです。ただ、いろんなジャンルを読みたいだけで。雑食……なのかな」

 指輪物語は、映画を見ている友達はいても、シリーズを全部読破している子はいなかった。最後まで読むのは、よほどのファンタジー好きか本好き、と思っていたのだけれど、彼は後者ということだろうか。

 私は、彼に返す前に図書カードに目を落とす。
 厚紙をパウチしただけのカードに書いてあった名前は、「三年六組 一条透哉(いちじょう とうや)」。
 文学少年に似合いの、涼やかな名前。自分の名前は平凡なので、少しうらやましくなる。

「いろんなジャンルの本が読めるなんてすごいわね、私なんてどうしても、好きなジャンルとか、好きな作家さんの本に偏ってしまって。就職してからなんて、あまり読書の時間がとれないから、お気に入りの作家さんの新刊を追いかけるだけになってしまったり。……そんな私のおすすめでいいのかしら」

 最後は独り言のようにつぶやいた私を見て、なんだそんなことか、というように彼――一条くんは笑った。

「たぶん、僕の知り合いの中では先生が一番、本を読んでいると思います。いつも楽しみにしているんですよ、司書だより」

 はじめて、高校生らしい無邪気で楽しそうな口調で紡がれたその言葉に、私は面食らった。

「えっ……読んでくれてるの。あんな面白みもない新聞……」

「そんなことないですよ。トールキンだって、司書だよりに書いてあったから読もうと思ったんです。ちゃんとおすすめされていた通り、ホビットの冒険から入ったんですよ。最初はこんな長いシリーズ無理だと思ってたんですけど、ホビットの冒険を読んだらはまってしまって」

「そう……そうなの」

 思いがけない言葉に、胸が熱くなるのを感じた。

 司書だよりは、図書委員と一緒になって毎月発行している新聞のようなもので、各クラスに一枚ずつ配られている。
 個人で欲しい人は図書室に置いてある中から持って行っても良いとしてあるが、正直、減りはほとんどない。だから楽しみにしてくれている生徒がいるだなんて、今まで思ったこともなかった。