この言葉の、その先は、



そんな会話でお互いに少し気が緩んだのか

成仁さんが


「私が質問します。それに答えてください」


ってなかなかに面白い提案をして来たから、くすぐったくなりながら了承した


「まず、あの料亭のご飯を食べたかったからお見合いをしたんですか?
それとも私が嫌だから食事に集中してたんですか?」


すごく真剣な顔をして聞いてきた

あーやっぱりあれは良い印象じゃなかったよなって申し訳なくなった


「あの時の態度はすみませんでした、謝ります。でも、食事が何も全てでは…」


「でも?」


先を促され、渋々口を開いた


「だってあの料亭…高くて一人では行けないんです。だから良い機会かなって」


早口でボソボソっと答えたら、成仁さんは初めて笑い声を上げた

目をキュッと細めて楽しそうに


「素直すぎます。でも、素敵です」


不意に出た甘い言葉にキュンとした

あーこれがキュンかって自分の動き出したバロメーターを客観視する


「良かったです、まだ食事目的なら。私の印象の問題ならこっちは手札がない」


なんて事なく言うけど、それが何を意味するのか

潤滑油の切れかかった私の心は素直に動き出さないけど、随分と冷静な頭は上手く言葉を処理してまとめて

この人は私とは違う理由で私と会ったんだってそこで気付く

当たり前に



「では次の質問です。
貴方はこのお見合いに前向きですか?
それとも周りが言うままですか?」


重要事項

彼が真っ直ぐに私を見て聞いた

0の状態でこの質問に答えるのなら、間違いなく後者を選んでいた

でも私は思ったよりも単純らしい

彼からいくつかの手札を見せられただけで答えが出なくなる

あっちに行ったりこっちに行ったり

あやふやな所の綱渡り
それを楽しむのは私か、彼か


「今は答えを出せません」


彼に負けじと私も凛として答えた

彼は満足気に笑った


「それで結構です」


成仁さんはネクタイをギュギュッと緩めた



「では次の質問です」


「まだ続くんですか?」


「これが最後です」


成仁さんはテーブルに肘をついて指を組んだ


「貴方が求める恋愛の条件は何ですか?」


彼は敢えて結婚という言葉を出さなかった


誰か、を主導に動く話ではない

あくまで私たちの間の話


そこのスタート地点を彼はそっと私に提示した


恋愛の条件

聞かれてしばらく考えた

別に難しい話ではない


カッコいい人

頭がいい人

優しい人


恋愛っていう概念を単純に捉えていた頃ならそんな風に答えていたと思う

でも私だって随分と色々経験してしまった

無意味な見栄や不必要な建前が重りとなって自分にくっ付いている

それらを取っ払うことくらい簡単なこと


でも私だって大人

それらはもう世の中の暗黙の了解ってことくらい知っている

そんな話


だから




「私より先に、死なない人」




私の恋愛の最低条件

見えない未来のずっと先の話

つまりは確証のない条件

叶えようのない条件


絶対的な収入だとか不変的な信頼だとか以前の話で、それ以上に難しい話


成仁さんは私の言葉に頷いた後、困ったように額をかいた


あー自分のダメな所

条件どうのではなく、こうやって無闇に人を困らせるの

自己嫌悪というか何となく嫌だなって所に落ちる直前、成仁さんは私に真っ直ぐな視線を向けた


「それが約束できれば、私を貴方の恋愛対象として貰えるんですね」


その言葉に驚いた

そしてその真っ直ぐすぎる視線に、言葉に

私の心がミシミシと音をたてた



一人分でいっぱいいっぱいだった心の中の隙間

いつのまにかその隙間が当たり前で

誰かがいない心が当たり前で


友人に言われた

誰かが入れる心の隙間を持っていろって

隣に誰かが入れる心の余裕

自分にはないなって笑って誤魔化したけど



今日初めて会った人

そんな成仁さんの心に触れて、言葉に触れて

私の心の中のほんの僅かな隙間

そこに彼はスルスルと入ってきて、ジワジワと侵食してきて


ズルイと思った

自分は単純だと呆れた



そして



思ったよりも自分は寂しかったんだなって



相対した自分を見つめて、悲しそうな顔をしている自分に気付いた



顔を上げろって



笑って言ってあげた


それからは私から成仁さんへの質問タイム


別に興味がないとかではないけど

お仕事のことだったり、趣味のことだったり

当たり障りのない質問をいくつか


私たち、本当にお互いに何も知らないんだなって思いながらも、純粋に彼のことを知りたいとも思った

彼が見せてくれた、伝えてくれた思い

それを無駄に出来るほど私は偉くもないし、彼のことを知っている訳でもない


無知ならそれで良い

そこから、どれだけ私たちがお互いを知れるかの問題

今そのスタート地点に、私たちは居る



私の単純な質問にも成仁さんは嫌な顔一つせずに答えてくれた

むしろ1聞いたら10返ってくるくらい


口下手なのか、一つ一つの質問にすごく丁寧に

尚且つ臆病に


私がその言葉に笑えば、安心したように優しく笑って

2人の間の雰囲気は決して華やかでもないし、盛り上がってるわけでもないけど

彼が作り出す独特な世界観は案外嫌いじゃなかった



好きなものの話になって、彼は某アメコミ映画が好きとのこと

自分もその映画が好きでひと盛り上がり

その流れで最近公開中のアメコミ映画の話になった

特に考えもなしに今度見に行こうかなって言えば、成仁さんは少し慌てたように誰と?って聞いてきた

一人でって答えたらそれこそ慌てたように



「どうしてもですか?」


「一人がダメなんですか?」


「いやそうじゃないけど…」


珍しく言葉を詰まらせて、視線は下に

ようやく顔を上げた彼は、凄く真面目な顔をして


「貴方が一人っていう空間に慣れてしまうと、私はどうやって貴方の空間に入れば良いのか分からない」


凄く照れ臭そうに、でも真っ直ぐに見つめながらそう言った

その言葉に聞き覚えがあった


自分の心がまたミシミシと


彼の表情に?言葉に?


理由は分からないけど、彼が見せてくれた善意と好意

そっと踏み出してくれた一歩目

だから私も踏み出してみようかと

案外、臆病だった心が自分にゴーと言った



「じゃあ、今度一緒に観に行きませんか?」



自分から申し出た所謂デートの約束


デートの誘いは男からなんて勝手に決めていたけど、こんなに甘酸っぱい若さの塊

良い歳してって恥ずかしくなりながらも、目の前の彼が嬉しそうに微笑んだ

それだけで、まあ良いかって


ここが、自分達の始まりなんだって

案外悪くもないかもって

気付けば成仁さんに、良い人って言葉以上の謳い文句がくっ付いていた









彼女を美しい人だと自覚したのはいつだっただろう


彼女を好きだと理解したのはいつだっただろう



柔らかな光に包まれた思い出たちはあやふやなくせに

いつまでも俺の心に絡みついて


しつこいって

もういいやって


投げ捨てたいものはこんなにも抱えているのに

それを手放せば、俺の意味は、俺がお前の隣にいる意味は


悔しくって握りしめれば、いつだって傷つくのは自分だけ


乱暴だ

それなのに何故美しい


苦しそうに笑うのはお前だけ

お前は俺がどんな顔してるかなんて知らないだろ




「瀬川が飲みの誘いにのってくれるなんて珍しいよなー」


金曜の夜、所謂華金に会社の同期と飲みに行くのが月1の習慣になったのはいつからか

いつもと変わらない、からあげの美味い居酒屋

いつもと変わらない、角の席

いつもと変わらない、店の喧騒


ただそこに一雫、ほんの小さな白が垂らされるだけで俺の心は偉く騒がしいというか何というか


「江川君がずっと行こう行こうって誘ってくれてたから」

「今までは誘っても、行かないの一つ覚えみたいな奴がさー」

「名前が似たもの同士仲良くしようやー」

「へいへい」

俺の斜め向かいで繰り広げられるやりとり

キランと光る銀の指輪をはめた彼女の白い手が、ポンっと江川の肩にのる

ふにゃんって目尻を垂らす江川と、ギシって変な音を立てる俺の心


「蜷田、見過ぎ」


隣の乙ちゃんから脇腹をど突かれる


「既婚者の距離感って嫌味だなって」

「違うよ、既婚者の余裕って言うんだよ」

「余裕か〜」

「既婚者がモテる訳だ」


ケッて言いながら日本酒を一気に煽った乙ちゃんを見て、やっぱり乙音って名前にとことん抗ってるなコイツって笑いが出た



「こうして既婚者に溺れる男がもう一人…」

「俺をカウントに入れるな、カウントに」

「太陽くん、いつからだい」

「ちげーって」


日本酒を片手に俺を流し目で見てくる乙ちゃん

違うって言葉も受け入れずにいつからだよーって煩い

再度、違うって言いながらチラリと視線をあいつに向ける

ヒタと合わさるその視線

またギシって鳴る俺の心


違うよって

今のあいつは、俺の好きなあいつじゃないよって


あの頃と変わらない、彼女の真っ白な笑顔を見ながら心の奥深くにその言葉を落とし込んだ




俺と、江川と、乙ちゃんと、あいつ

5年前、そこそこ名のある会社のそこそこ大きい部署に配属されたのがこの4人

所謂ストレス社会と言われる昨今において、同期とはなんと心強いものか


入社式であいつを見た時、素直に嬉しかった

だから真っ先に話し掛けた

彼女は変わらない笑顔で俺を受け入れた


あの頃よりもプラス4年分の余裕を持って




彼女との初対面は高校2年生の春

珍しく高校の途中から転入してきたあいつは、すごく"綺麗な人"だった

でも、高校生の少年少女からすれば綺麗はモテる条件ではなく、むしろ近づき難い人だった


例にも漏れず、俺も当時は彼女とは距離を取っていた



最初こそ転入生という物珍しさから、彼女の周りには絶えず違う人間が居た

でもそのうち彼女を置いてみんなは自分の定位置へと戻っていった


置いていかれたのは彼女の方


いつからか彼女は、一人が当たり前、みたいな人間になっていた


正直可哀想だなーとは思ってはいたけど、俺だってお年頃の男子なわけで、そんな彼女を遠目に眺めるだけだった



そんなこんなで時が経ち、彼女の真っ白な首筋が高く上げたポニーテールからチラリと見えた頃、カレンダーを見れば夏が近づいていた


夏近くともなれば、俺が所属してるバスケ部も、どこの部活も、インハイ予選やら何やらに向けて部活に明け暮れる日々で

そんな日常に少し疲れていた俺は、休憩時間にちょっと離れた水飲み場まで遠回り

ブラブラと2年生の教室がある階を歩いていた


いつもは通らないんだけど、今日だけ特別

夕方6時になってもまだ明るい廊下を一人歩いていた

この時間にもなれば、大体の教室は締め切られているのだけれど、俺のクラスの扉だけは大きく開いていた

なんとなく中を覗けば、一番窓際、カーテンに隠れるようにして佇む人影

見えるのはカーテンから下のスカートと真っ白な足

窓が開いているのか、ひらひらと揺れるカーテンの向こう側、逆光で映された人影が儚く揺れていた


興味と言うよりも、無意識

そっと足音を消して、その人影に近づいた

動かない人影

風に揺れるカーテン


カーテンの端っこを摘んで、一気に捲った


一瞬見えた、ポニーテールと真っ白な首筋

その刹那、振り向いた顔は、俺が知っているそれよりも随分と幼く、

あ、白目がちょっと青っぽいって、初めての発見

俺の中に蹲っていたあいつに向ける何かが、そっと音を鳴らし始めた





「えーっと…」

まあ、特に考えもなしにやった自分の行為であって、

大きく見開かれた彼女の視線に困り果てても、言い訳の一つも出てこない


「ごめんなさい…」


声にならない、えっ、て言葉が出た

悲しい言葉

文脈のない言葉


拒絶の言葉


右往左往する彼女の瞳と、ギュッと白い手で握ったスカート


戸惑いだとか、弱さだとか、そういうのを一切隠さない、隠せない彼女の姿に、

何故か俺は嬉しくなった

もちろん被虐性とかではなく、なんか、彼女が人間なんだって、

そんな当たり前のこと


「いや、ごめんごめん」


ヘラヘラ笑いながら両掌を合わせる


「何してんのかなーって、興味」


嘘、無意識


「そっちこそ、こんな所で何やってんの?」


彼女に喋らせる暇も与えず、ここまで一気に捲し立てた


よくやく話の矛先が彼女に向いた時、彼女はひどく悲しそうに笑った


「何でも…」


そう言って、窓の向こう、グラウンドの方を見る彼女

夏の夕方の淡い日差しに照らされた彼女の横顔はやっぱり綺麗で

その視線に習う様に俺もグラウンドの方を見る


グラウンドでは野球部、サッカー部、陸上部なんかが熱心に練習していて


彼女が見つめていたその視線の先

夏の日差しを反射して光るグラウンドの砂が、人をあやふやに暈してしまって、

何がそこまで彼女の視線を奪っていたのかは分からなかった


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