隣に居る君は笑顔を浮かべる。


私はこれでいい。


甘い時間はこれで終わり。


私が戻れる最後の時間、全てを貴方に…
















赤い提灯が温かい灯をつけ夕方ということを伝える。


屋台にも熱気が帯びる。


蝉が鳴いてよりいっそう暑さを感じさせる。


空を見上げるとオレンジよりも赤に似た色をした雲が広がっている。


紫色のアサガオが描かれた白い浴衣を着こなし神社の石段に座り待つ私。


お盆だからか大人も子供も多かった。


楽しそうにはしゃぐ子供達、それを追いかける大人。


浴衣姿で楽しむ恋人達。


誰も私を目に映さず通り過ぎていく。



でも1人だけ彼が私に向けて笑顔で手を振る。


「久しぶり、そしてお待たせ。ちょっと遅れちゃった。」


その彼は縦に紺色のラインが入った浴衣に少し彩度の低い黄緑の帯を付けている。


「ごめんね。浴衣なんて着たこと無かったからさ。」


「ううん、平気。すごく似合ってるよ。」


そう言うと彼は照れる仕草をする。


「麗華こそ。アサガオか…すごく君に似合っているよ。」


「自分でもすごくそう思うよ。花言葉に詳しい君にはよくわかるでしょ?」


彼は少し悲しげな顔をするがすぐに笑顔に戻り「そうだね」と呟く。


「そんな暗い顔してるとお祭りには似合わないよ。ほら、回ろう。」


そう言って私は彼の手を取りほぼ無理やり屋台の方へ連れていく。


「ねぇ、最初は何をしたい?」


そう聞くと彼は色々な提案をしてくれる。


「金魚すくいとかは?それか射的とか…ヨーヨー釣り?」


「縁日ばっかりじゃん。」


「食べ物だと…焼きそば…綿菓子…りんご飴…あ、たこ焼きもいいな。」


「どれも美味しそう…」


近くにあるのはりんご飴の屋台。


キラキラと輝くように提灯の灯が反射している。


ルビーのように光っている。


「もしかして…りんご飴食べたいの?」


「え?近くにあったから見てただけで…」


「そっか、じゃあ買いに行こう。」


そう言ってさっきとは逆に彼が私の手を引っ張って進んでいく。


離れないでというように指を絡ませて。


「よっお兄ちゃん!小さいのと大きいのどっちにするかい?」


「麗華はどっちがいい?」


「私は小さいのがいいかな。」


「じゃあ小さいのを2つ。」


「おう!優しい兄ちゃんだな!」


そう言って小さなりんご飴を2つ、1つを袋に入れて渡してくれる。


「はい。りんご飴。」


「キラキラしてて美味しそう。」


「甘酸っぱいから俺は好き。」


「私も好きだよ。」


そんな他愛もない話をしながらりんご飴もカリカリと食べる。


暑いのによく溶けないなと思いながら。


少しすると棒にはりんごの芯しか残っていなかった。


「その袋に棒とか入れときなよ。」


「そうだね。後で捨てられる場所きっとあるよ。」


彼はさっき貰ったビニール袋に芯のついた棒を入れて袋を縛った。


「次麗華は何をしたい?」


「うーん…金魚すくいとか?」


「わかった。あっちに店あるよ。」


そう言って指さした方向に手をつなぎながら行く。


「小さい頃以来だなぁ…」


小さい頃はよくお父さん達に連れて行ってもらったりしていた。


「去年も行きたかったのに俺が行けなかったからね」


「そうだね。」


その言葉を聞いた瞬間来年も行きたいと願う私はきっと馬鹿なんだろう。


気温だけじゃ足りないほど熱くなった手のひらを強く握った。


「ほら、金魚すくいやろ。」


「ううん。私は見ていたい。だって私1匹も掬えないもの。」


「じゃあ2匹目標に頑張る。」


そう言って彼は屋台の人に小銭を渡し、ポイを手に取る。


浴衣の袖を少しまくりポイを少しずつ水に入れていく。


横で子供達も金魚と一緒にパシャパシャとはしゃいでいる。


彼は金魚を1匹掬い、こちらを見て笑顔を向けた。


2匹目を取るとポイが破けていないのに「もういいです」と言って金魚を渡した。


「あ、1匹ずつに分けてください」


そう言って分けてもらった一匹を私に差し出してくれる。


「これでお土産出来たでしょ。」


そう言って金魚の袋の紐を私に握らせ、もう片方の手はまた彼の片手に包まれる。


その瞬間小さくヒュゥ…と言う音が聞こえる。


「もう始まるのか…ほら石段の近くまで行こう。」


彼は人の間をくぐり抜けるように手をつなぎながら進んでいく。


石段を駆け上がり1番高いところまで行く。


人は誰も居なかった。


木があるからここで見る人はなかなかいないだろう。


1つ牡丹の花が黒い空で咲く。


次の瞬間紫陽花のように小さな花火が一気に花開く。


もう二度と見れないであろうほど綺麗な花火だった。


静かになった瞬間細い火の光が見え、一気に広がる。


それは柳という種類だがピンク色でしだれ桜のようだった。


「綺麗…」


ふと思った事が口に出る。


「今日来れてよかったね。」


話している今も大きい菊の花が花開く。


「本当は来てくれるのか心配だった。」


私は少し暗い顔をしているだろう。


でも…少しずつ言葉を紡ぐ。


「だって手紙で言ったら来ると思ってなかったから。」


「俺も最初手紙が来てびっくりした。夢なんじゃないかって。」


ヒュゥ…と花火の上がる音と花開くドンッ…という音が繰り返す度心臓が痛くなった。


「最初はイタズラかと思ったんだけど前に浴衣でお祭りに行こうって約束してたの思い出したんだ。」


黄色い菊が花開く。


「その瞬間行かなくちゃって思った。麗華が絶対いると思ったから。」


「よかった…信じてくれるのかすごく心配だった。今日しか会えないから…だけど来てくれると思ってなかった。」


彼の握る力が少し強くなる。


その瞬間…彼に抱き締められた。


「本当は怖かったんだ…麗華から離れなきゃって思っていたから…」


私は体を彼に任せる。


彼の肩に顔を埋めて自分の気持ちを伝えないようにと…


「でも…最後あえてよかった。1番心配していたから。」


目の端から涙が零れているのは自分でもわかった。


でも…笑った。


「笑わなくていいよ。俺も笑える自信無いし」


そう言っている彼も目の端から涙が零れていた。


私は冷たい言葉を発した。


「大好きだったよ。本当に」


透けていく体。


花火もフィナーレに差し掛かり最後なんだと自覚する。


「俺も大好きだ。今日会えてよかった。二度と会えないけど…最後にはすごくいい1日だった。」


彼の腕の中は暖かくて離れたくないとさえ願う。


「本当に…大好き…さようなら」


彼は最後に一言ぼそっと呟く。


その言葉が聞こえないまま…


私は光となり消える。


本当に最後だった。


【幽霊】の私にとって最後などあっけなかった。


でも…最後、最愛の人と会えてよかった。


きっと今君は泣いているんだろう。


慰めてあげたいけどもう叶わない。


でも…夢のような1日だった。