「次、河野」

間もなく万葉集の一節を読み上げる彼、河野薫(コウノカオル)の声が耳に入ってきた。

「…結構いい声してんだ」

普段からとりわけ目立つ存在でもない彼のことを初めて意識したのがこのだらけた授業中だった。

淡々と読み進めるその声に、ふと聞き入っている自分に気づく。

今も昔も変わらぬ熱い想いを歌ったその言葉一つ一つが、彼の声を媒介して私の胸をちりちりと焦がした。

「そこまで」

先生によって遮られた彼の声だったが、いつまでも耳の奥に残っている。

高すぎず、かといって低いわけでもない、言うなれば有り触れているとも取れるそのトーンは、しばらく私から離れなかった。