ページをめくろうとする井下の手が止まり、視線が上がる。
それから逃げるように顔を背けるけど、やっぱり気になって視線だけを井下に向ける。
井下は微笑むと、本を閉じた。
井下の顔が近付いてきて、思わず目を閉じてしまう。
「……紗知」
そして井下は私の耳元で囁いた。
優しく、甘い、低い声で。
不覚にもときめいてしまった。
井下はしてやったりと言わんばかりの表情を見せる。
ああ、最悪だ。
こんなことになるなら、けしかけるんじゃなかった。
「……悪魔め」
「ん?違うだろ?」
違わないし!
悪魔だし!
「ほら、さっき言えただろ」
ねえ、この楽しそうに笑ってる悪魔、どうにかして!
「紗知?」
ずるいなあ、もう!
意地悪だし!
「……楓真のバーカ」
小さな反抗心ゆえのバカ。
なんとも子供じみたことを……
「上出来だな」
私の態度に便乗するかのように、井下は私の頭を撫でた。
それが嫌で井下の手から逃げたけど、その日はそれ以降井下の顔が見れなかった。