憧れのアナタと大嫌いなアイツ

迎賓館のホール全てのセッティングを終えると花流がスマホで写真を撮っていた


「普通卓上花以外はフェイクなのに全て生花で注文するなんて素敵だよね」


花流の隣に立ってシャッター音がするたびにスマホを覗き込む


「不動産屋の娘らしいよ」

「へぇ」


ピンクをメインにしたアレンジの依頼だったから花嫁さんは可愛らしい人に違いない

私なら・・・

そんな空想を混ぜながら床に散らばる切り落としの葉を集めて回った


「それにしても親父どこ行ったんだろ」


片付けも終わり担当者のチェックを待っているだけなのに肝心の父の姿がないことに花流がキョロキョロするのを見て


「ごめん花流!私のせい」


顔の前でパチンと両手を合わせると片目を閉じた


「え?」

「だって〜このまま帰るわけにいかないじゃん?だからパパにお願いしたの」


「もしかして・・・」

「そ、そのもしかして」


ニッコリ微笑むと目の前の花流は呆れたと言わんばかりに両手を広げた



花流と2人で片付けを終わらせ搬入口で待っていると

「お待たせ」

ポンと肩に置いたパパの手に握られている白い紙が目に入った

「あ、それって」

「あぁ、そうさ」

スッと目を細めたパパは心待ちにしていたモノをマジシャンの様に目の前で広げて見せた


「ありがと〜パパ」

大袈裟に両手を広げて抱きつくと
「おいおい」と言いながらも背中に回した手がトントンとリズム良く宥めるように動いた


「んで収穫って名刺だけ?」


背中に打つかる花流の声にパパに抱きついたまま首だけ振り返ると


「藤堂鷹也か」


いつの間に手にしたのか名刺をヒラヒラさせて気怠そうに微笑む花流と目が合った


「あ〜それ私の」

パパの腕の中から抜け出すと蝶のようにヒラヒラ揺れる名刺を取った

「名前もカッコイイよね?藤堂鷹也・・・素敵」

緩ませた頰のまま見上げるとハァと溜め息をついた花流は

「はいはい、花乃の一目惚れね」

頭をポンポンと撫でるとクスッと笑った




一目惚れの【藤堂鷹也】さんの名刺はキラキラシールを盛られて部屋にあるのコルクボードの中央に貼り付けた

友達との写真や好きなもので埋め尽くされたコルクボードの中で一枚だけ異質に思える程の白い名刺は部屋に入るたびに確認しては微笑んで・・・いつしか心の安定剤になっていた


それからというもの

ウェンディで打ち合わせがある日はもちろんのこと飲み会や営業に至るまでパパに張り付いて藤堂さんに近づいた

その努力が実ってか?「花乃ちゃん」と下の名前で呼ばれるまでになり距離も縮まった


そして・・・
金魚のフンのようにパパについて現れる私はウェンディの社長にも覚えて貰うことになり念願の内定までもゲットした









「しかし・・・我が娘ながらよく頑張った?粘った?ま、とにかくめでたいからカンパーイ」


就職祝いと称した家族パーティが開かれた夜にグラスを高々と上げて声を張ったパパ


「「「カンパーイ」」」


テーブルを埋め尽くすママの料理とお祝いのシャンパンを飲みながら既に社会人になったかのように饒舌に話す私に


「いいか花乃!あくまでも仕事なんだからな」


肩にトンと手を置いて片手にシャンパングラスを持ったまま絡む花流

「花流?もう酔ったの?」

「あ?これくらいで酔う訳ねぇ」

トロンとした目で見つめられると母性本能がくすぐられる

「はいはい、花流よしよし」

いつも自分がされるように弟の頭をポンポンと撫でると

「・・・んだよ、馬鹿にして」

花流は少し拗ねた顔をした

・・・・・・・・・





毎週火曜日に行われる企画室ミーティング
その内容はパンフレットから結婚式まで多岐に渡る

先輩にフォローしてもらいながら生み出す企画は私だけではなく中々通らない

SNSの投稿をチェックしたり、流行りの雑誌は全て目を通す

更に企画の種を探しながら創造力を膨らませる為に休みの日は外へと飛び出す


ここまでする理由は・・・


企画ミーティングで藤堂室長の審査を通ると取締役会議でのプレゼンを経てウェンディ全体でのお披露目となる

藤堂室長の審査を通るということはイコール企画が通ると言っても過言ではない程厳しいもの


それでも


企画が形になるまで藤堂室長とペアで仕事が出来るという夢のような待遇が待っている

そんな不純な動機だけで毎週頑張っている私は3年目で通った企画は10件にも満たない


「・・・どうしよう」


机上のノートパソコンをパタンと閉じると煮詰まった頭をブンブンと左右に振り気持ちを切り替えた






・・・



「それで?花乃が煮詰まってるのはミーティング?」

社食で同じA定食を食べながら私の下がった眉毛を指摘しながら器用にパスタを巻く麻美


「メモしてた閃きが底をついたの」

何度もパスタを巻き付けては解いて見映えの悪くなったボロネーゼを突きながら携帯のメモアプリを開いてスクロールして見せる

ママがここに居たら『食べ物で遊んじゃダメ』って叱られそうだけど
今の私にはそんな余裕すらない


何度目かわからない溜め息をつくと


「ここいい?」


憧れの低い声が落ちてくると同時にカタンと
隣の席にトレーが置かれた


「は、はいっ」


スッと伸ばした背筋に力が入ると麻美がクスクスと笑った


藤堂室長が隣に座っただけで分かりやすく染まる頬を誤魔化すように俯いた

それでもこんなチャンスなかなかないはずと勇気を出して隣をチラ見する

出来る男は所作も素敵・・・
キリッとした口へと運ばれる箸を見ていると


「ん?」


憧れの顔がこちらを向いて近距離で目が合った


「あ、い、いえ」


格好良くて見惚れていました〜なんて言えないから吃りながら助けて光線を出して麻美を見た

助け船を出してくれるはずの麻美は私の様子が可笑しいのか口元が緩んだまま


「キョロキョロしないで食べないと
昼休み終わっちゃうよ」


なんて冷たく言い放ち、焦る私を面白がるように室長と交互に見た


「こちら良いかしら?」


微妙な空気を打ち破った綺麗な声は


ーー泉さんーー


藤堂さんの正面に専務秘書の泉琴音さんが妖艶に口角を上げて立っていた


「あぁ」


短く答えた室長はそのまま極上の笑顔を泉さんへ向けた


明るめの茶髪は全体に緩いウエーブがあり毛先まで綺麗にまとまっている

長い睫毛も、少し垂れ目の目元
ピンク色の唇もよく似合っている

華美ではないけれど綺麗なネイルの指先まで完璧な泉さん

女子社員の間では藤堂さんの彼女じゃないかって専らの噂だけれど私は違うんじゃないかって都合の良いように思っている

それでも
目の前で微笑み合っている2人が視界に入るだけで胸がチクチク痛む

その小さな傷が


「そうそう鷹也、今夜どぉ?」


「ん?あ、あぁ良いよ」


たったこれだけの会話を耳にしただけで大怪我をしたかのように開いた

呼び捨てにした上に今夜どぉ?良いよ?
やっぱり噂は本物で2人は恋人同士なのかもしれない

そうストンと胸に落ちた傷はどんどん大きく成長して

楽しみにしていたA定食のデザートのカットメロンがどうしても喉を通らない


「もう、行くよ」


席を立つ麻美に強引に腕を引かれた


「メロンが〜」

「どうせ食べられないでしょ」


返却口へトレーを置くとエレベーターに乗りこんだ

午後からの仕事は何度もファイルを捲っては戻し
パソコンの画面はいつのまにかブラックアウトしていて
どこかうわの空で気付いたら終わっていた


「花乃!行くよっ」


更衣室を出ると麻美に手を引かれて駅前デパートのバーゲンへと向かった


「ほら、ボンヤリしてると欲しいの買えなくなっちゃうよ?」


「・・・うん」


「藤堂室長と泉さんのことなんて花乃が悩んだって仕方ないじゃん」


「そだね」


「だったら楽しく行こう」


コロコロとよく笑う麻美を見ながらデパートに着くころには気分もスッカリ浮上していた


知り合った頃から麻美はいつも前向きで明るい女の子
頭で考えて気分を上げ下げする私と違って
考えたって始まらないから〜って何でも笑い飛ばすパワーがある麻美が大好きだ


「さぁ、行くよ」


会社帰りのOLだらけの大人可愛いコーナーを前にして麻美と2人で戦闘態勢に入った






・・・・・・



「お目当て買えたね」


2人共両手に下げた紙袋に足元をふらつかせながらエスカレーターの手すりに掴まっているとリビングのフロアが見えてきた

フワリ漂う花の香りに視線を動かすと
【長谷川流作品展】大きな看板が目に飛び込んできた


「ちょっと麻美寄り道」


「良いよ」


確か長谷川流ってうちの取引先だったと思い出したのも1つの理由だけどアレンジメントの資格を持つ私にとっては違う意味でのアレンジを見られるチャンスなのだ

ま、本物相手に[アレンジ]なんて言い方は間違っているとは思うけどね


ゲートをくぐると正面に待ち受けていたのは大きな流木を花器に見立てて生けた作品


いつもは『花のことはサッパリ分かんない』って口癖の麻美も余りの迫力に言葉を失っている


「「凄いね」」


同時に呟いたのが可笑しくて漸く中へと足を動かす

小さな作品達は生徒さんだろうか
通路の両端に所狭しと並んだ花達は花道教室の教え通りに生けられた固い印象


「花乃!あれ!」


麻美の指差す方へ視線を動かすと


「凄い」


会場の一番奥に鎮座する
大きな壷に生けられた大作が目に飛び込んできた





吸い寄せられるように近づくと暫し見惚れる


自分が手掛ける可愛い花のアレンジとは違って迫ってくる迫力がある


【長谷川 柊】


筆文字の名前も作品に負けていない気がするから不思議


長谷川流の家元かもしれないと勝手に解釈して回れない裏側以外左右も移動しながら念入りにチェックする

大ぶりの梅の木も周りを固める花達も一分の隙も感じない程完成されていて胸が熱くなる


「お気に召して頂けましたか?」


夢中になる私に掛けられた可愛らしい声にハッとして振り返ると艶やかな着物を身にまとった綺麗な女性が立っていた


「あ、あの・・・とても素敵で」


どう答えれば褒め言葉になるのか考えるのに急に話しかけられたことで頭がフリーズした


「お若い方に見て貰えて良かったわ」


ーーえ?お若い?あなたも充分若いでしょーー
なんて突っ込みは飲み込んで麻美と愛想笑いを浮かべると

ここで漸く手荷物の重みを感じて退散することにした