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 クラスが別だと、もちろんスケジュールが違うわけで、亜弥やタロちゃんみたいに毎日会うことが無いんだなって思う。廊下で待ち伏せしているわけにもいかない。

 和泉くんのことだ。
 そりゃ、あの日、体育館で会うまで知らなかったよなって思う。

「ぐおあー」

「すっごい。なにそのおっさんみたいなため息」

 亜弥が飴の袋を開けようとしながらわたしの前に来た。

「天田和泉に関して」

「だから本当にフルネームで」

「どうしたの。この間、一緒に帰ったんでしょ?」

 飴をくれてやるから詳しく話せ、みたいな感じで亜弥はピーチ味をくれた。

「うん。帰った。キーホルダーも渡した」

「おお。がんばったね」

 もうひとつ飴をくれた。今度は緑色だから青リンゴかメロンだろうか。

「なんか、和泉くんはあれだよね。大人だよね」

「なにそれ」

「キーホルダー渡したら『これで俺もがんばれる』って言ってた」

「よかったじゃん」

 ホームで見たあの顔が忘れられない。なにか引っかかるのはやっぱり、電車の窓から見た彼の『ごめん』だ。『がんばれる』けれど『ごめん』って、なんだろう。

「あれ。タロちゃんもう部活行ったのか」

 わたしはノートも教科書も出しっぱなしで思考停止していた。気付けば教室にいる生徒は数人。

「授業終わってからすぐに出て行ったよ」

「そうだったの……わたし最近、気付けば放課後っていうのが多い」

「まふ、振り回されすぎじゃない? 天田和泉に」

 そうなのかなぁ。振り回されているのかなぁ。

 ため息をついていると、亜弥は机にばら撒いた飴をポーチに入れて立ち上がった。

「男バス見に行こう。タロが先輩たちにしごかれているところを見て、気晴らししよ」

「なにその趣味」

 タロちゃんがちょっと気の毒だな。

 教科書とノートを、わたしの手を挟みながら閉じて「行こう、行こう」と亜弥は急き立てる。
引きずられるようにして教室を出た。

 和泉くんに会わないだろうかと、廊下を歩きながらあちこち見てしまう。体育館に行ったら会えるかも。でも、帰っちゃったかも。

掛け声、体育館の床をシューズがこする音、ボールが弾む音。声。体育館が近付いてくると聞こえてくるこの音が好きだと思う。この音の先に、和泉くんがいたから。出会えたから。
 わぁっという声援も聞こえてくる。誰かがゴールをしたのだろうか。

「あ。タロが出てる」

 先に入口にたどり着いた亜弥が嬉しそうにそう言った。

 2色のゼッケンでチーム分けした生徒が試合をしているようだった。タロちゃんが走っている。生徒の顔をひとりひとり確認したけれど、どうやらこの中には和泉くんはいないようだった。
 まわりで応援する生徒も見てみるけれど、見当たらない。今日は練習に出ていないのだろうか。

 和泉くんがいないと楽しみがちょっと減るな。そんなことを言ったらタロちゃんが怒るかもしれないけれど。