「あのさ、まふちゃん」

「あ、え?」

「俺のこと、見過ぎだから……」

 和泉くんがわたしの頭を上からバスケットボールみたいに掴んで、前を向かせた。
 恥ずかしさの上塗りをしてしまった。

 もっと知りたい。和泉くんをもっと見ていたい。自分はこんなに欲張りだったんだと知る。

 ふたりの足が音を鳴らして道を歩く。会話は多くない。自分からはなにを話せばいいか分からないから、わたしが聞くよりも、和泉くんからの質問に答えている。

 うん。そうなの。知っている。ぽつぽつとしたわたしの返事が、和泉くんと繋がる。

 キーホルダーは、どうやって作ったのか。材料はなんなのか。そんなことを話した。おそらくそれは、緊張してうまく話題を作れないわたしのせい。和泉くんが気を遣ってくれている。

 こういう気遣いができるひと。またひとつ、いいところを見つけた。
 それもなんだか全部、夢みたいで。きちんと答えられているのかな。

 駅までもう少し。できれば駅が遠ざかってくれたらいいのに。そうすれば、ずっとこうしていられる。

 いいところをひとつずつ、知っていくことができる。存在が大きくなっていく。
きっと、もっと、和泉くんを知りたいって思う。分かっている。

「俺、こっちだから」

「あ、うん」

 最寄りの駅に着いてしまい、和泉くんは反対側のホームへ行った。
 さよならも言わないうちに背を向ける和泉くんだったけれど、わたしもホームへの階段を駆け上がった。

 ホームへ出ると、人はまばらだった。
 線路を挟んだ反対側のホームを見ると、和泉くんが立っていた。

「和泉くーん」

『下り電車が参ります。黄色い線の内側に……』

 アナウンスにかき消されてしまったけれど、和泉くんに手を振った。彼はこっちを見て、ちょっと目を細めてくれた。
 タイミング悪いな。自分が乗る電車のほうが先に来ちゃうなんて。もっとこうしていたいのに。

「バイバイ」

 電車がホームに入ってくる。また和泉くんに手を振る。振り返してくれないけれど。

 電車に乗り込んで窓に張り付いた。和泉くんはまだいる。彼はわたしを見つけて、目が合う。

「バイバーイ」

 窓に擦り付けるように手を振った。和泉くんは、わたしを見てくれている。ドキドキする。

 ドキドキしながら、ふっと表情が変わる。顔色が変わったことに気付かなければよかった。悲しい目をしていた。

 違うよね。きみのいいところ、キラキラした大きな目を細めて笑ってくれるところ、ありがとうって素直に言うところ。
 違うよね。そんな、悲しく辛そうな顔をするなんて。

 つられて笑ってくれるかなって思ったから、笑顔で手を振ってみたけれど、和泉くんは、笑ってくれなくて、変わりに、小さく口を動かした。

 気づかなければよかった。『ごめん』だなんて。