和泉くんが待っている。早く行かなくちゃ。
 校舎を出て、校庭に沿って桜の木が植えられた通路を走って行った。下校の生徒が何人か歩いていた。校門のところに、壁に寄りかかる長身の後ろ姿。あれだ。

「おま、たせっ」

 滑り込むようにして和泉くんの前に飛び出した。彼は目を丸くした。

「わ。びっくりした」

「遅くなってごめんね! 先生の話がなかなか終わらなくって」

 呼吸を整えていると、ちょっと咳き込んでしまった。

「ゆっくり整えていいよ。俺もいま来たばかりだし」

「待たせると思って……よかったぁ。ちゃんといた」

 和泉くんは、ちゃんと待ってくれていた。

「もう大丈夫。行こう」

 校門から出ていく生徒たちがこちらに走らせる視線が気になる。わたしは、和泉くんを促して歩き出した。

「ちゃんといたって、俺、そんな薄情に見えるのかなぁ」

「ああ、そういう意味じゃないの」

 会話を続けたい気持ちと、一緒に帰っているという現実を噛みしめたい気持ちとで心が忙しい。漫画本ならしおりをはさめばいいけれど、和泉くんは漫画のキャラではない。

「遅れても、待っているけれどな。なんか変なイメージ出来上がってない?」

 和泉くんはちょっといじけたように言った。

「タロちゃんに、和泉くんの存在だけをずっと聞いていて、なんていうかわたしの中で、実態が無いような感じで」

 こうして並んで歩くなんて、夢みたい。

「わたし、和泉くんのこと想像しかしてこなかったから。なんだかこう慣れなくて」

「俺は想像上の生きものじゃないからね。まぁでも、嫌われるような想像されていないみたいだから、いいか」


 ポケットに手を突っ込んで歩く和泉くんを斜め後ろから見る。耳の形、かかる髪の毛が風に動く。

「凄い選手がいるって、ずっと聞かされていて」

「べつに、凄くはないよ」

「今日は、部活休んだの? タロちゃん行ったけど」

「ああ、うん。ちょっと」

 和泉くんは曖昧に返事をした。用事でもあるのかもしれない。

「あ、忘れるところだった。はい、これ」

 鞄から、簡単にラッピングをしたキーホルダーを取り出して、和泉くんに差し出す。見て、目を丸くした。

「うっわ、なにこれ凄いリアル。出していい?」

 反応がよくて嬉しくなる。和泉くんはラッピングを解くとキーホルダーに顔を近付けて見ている。

「ちゃんとロゴまである」

「反対側にも」

 教えると、和泉くんはキーホルダーをひっくり返して反対側を見た。

「名前入りだよ」

 きゅっと目を細めた和泉くんは、わたしを見て「ありがとう」と言った。