リアくんがアメリカに帰国する予定の今日。
「アヤネ!」
4限が終わり、KUISガーデンのベンチでお弁当を広げていた私は、その甘い声に顔を上げた。
本来なら彼はもう、空港にいるはずの時間。
「リア、くん?」
何も知らないふりをして、驚いた声を上げる私。
罪悪感に胸が痛くなったけれど、今さら後戻りはできない。
──パスポートは、私のカバンに入っている。
「え、どうしてここにいるの?飛行機は?」
もう時間でしょ、行かなきゃ、とあわてたように立ち上がる私に、リアくんが泣き出しそうに顔を歪めた。
ずき、と胸が痛くなる。
「ボク、パスポート落としちゃったみたいで、それで」
どうやら空港に行ってパスポートを出そうとするまで気付かなかったらしい。
本当に抜けている。
「ホームステイしてたお家にはなかったから、学校に探しに来たんだけど、HR教室にもなくって。アヤネ知らないよね?」
「うん、知らないよ」
自然とこぼれ出たその言葉に、私が泣きそうになってしまった。
じわりとにじんだ視界に、驚いたリアくんの姿が写る。
「え、アヤネ?」
焦ったように、ボクなら大丈夫だよ、なんて言ってくれる彼は、私がパスポートを持っているなんて思いもしないようで。
胸が、苦しい。
私今、彼に嘘をついている。
「どうしよう…。ホームステイしてたお家も今日までの予定だったし、このままじゃ、」
「…っ私の家に来なよ!」
ずきずきと痛む胸を無視して発した言葉は、あまりにも切羽詰まっていて、何か隠しています、と言っているようだった。
リアくんが、え、と驚いたように声をもらす。
「パスポートが見つかるまで、私のお家にいようよ。大丈夫、私も探すから。きっとすぐに見つかるよ!」
自分で笑いそうになるほどに、偽善ばかりの言葉。
リアくんが、でも悪いよ、と眉を下げた。
「ボクの不注意だったのに、アヤネを巻き込めないよ」
「大丈夫!私一人暮らしだし、それに、友達でしょ?」
自分で言った”友達”というワードに、胸がぎゅう、と締め付けられる。
リアくんは迷ったように瞳を揺らし、それから申し訳なさそうにうなずいた。
──神様。
もう少しだけ、私に時間をください。
あと少しだけでいいの。ちゃんとパスポートは、返すから。
ちくちくと痛む胸を無視しながら、笑ってみせる。
「私今日4限で授業終わりなの。一緒に帰ろう?」
リアくんが、不安そうな表情のままうなずいた。