──遠くで、チャイムが鳴る。
リアくんが、ボク次講義あるんだった、と立ち上がった。
その拍子に、彼の髪から葉っぱが地面に落ちる。
振り向いたリアくんが、笑って小さく手を振った。
「じゃあね」
私は明日、1限と3限、4限に講義が入っている。
彼は確か、2限と3限だ。
お昼の便で戻るということはつまり、4限が終わった頃にはもう、リアくんは空港にいるということだろう。
──だから、きっと。
「…ばいばいっ」
彼と過ごすことができるのは、これで最後だ。
にじんだ視界には気付かないふりをして、笑って手を振る。
大好きな君との、お別れ。
苦しくて寂しいけれど、笑って。
リアくんも、泣き出しそうな顔で微笑んでくれた。
ぱたぱたと彼が走って行く。
私も立ち上がろうとして座っていたベンチに手をかけ──。
何かが、手に当たった。
自分の手元を見て、え、と思わず声がもれる。
「……パスポート?」
黒いケースに英語で書かれた”パスポート”の文字。
アメリカ仕様のものだ。……つまり、これって。
「…リアくん、の?」
明日帰るのにパスポートを落として行くなんて…!
抜けてるというかなんというか…。
「これがないと帰れないじゃん…」
届けに行かなきゃ、と立ち上がったところで、自分で発した言葉に動きを止める。
──これがないと、彼は帰れない。
パスポートがなければ、彼は帰らない。
悪い考えが、頭をよぎった。