工房に戻った金剛は、また、ラピスラズリの細工に取り掛かる。

翠玉は、いつものようにおとなしくそれを見ていた。


藍色の石。

散りばめられた細かな星のようなきらめき。

藍色の髪。

意志の強そうな藍色の瞳。


金剛が愛しげに石を扱うたび、翠玉にはそれが瑠璃への扱いに見えて仕方がなかった。


胸が苦しい。


小さな頃から、長い間一緒にいる翠玉ですら、そんな優しい扱いを受けたことは無い。

それが、少し話しただけの瑠璃に、どうして?

瑠璃にどれほどの魅力があるというのだろう?


自分のことはともかく、紅玉のことを考えてみるとその差は明らかだった。

華やかで美しい紅玉。

瑠璃も美しいことには違いないが、巫女という職業柄慎ましく、地味なように翠玉には思えた。

紅玉は決して瑠璃に劣るような魅力の持ち主では無い。
ましてや金剛の婚約者だ。

それなのに、なぜ、紅玉にすら与えたことのない扱いを、瑠璃は受けているのだろう。



翠玉は、自分が紅玉に抱いていた嫉妬の対象が、明らかに瑠璃にすりかわったことに気付いた。


できることなら金剛の隣にずっといたい。

そこは自分の居場所であってほしい。

しかし金剛は自分のものでは無い。

強いて言えば姉である紅玉のものだ。

親が決めた取り決めであるのだから仕方ない。

女として隣にいることが許されないのなら、せめて妹としてでいい、金剛の傍にいたい。


そう思っていたのに。
心に決めたばかりだったのに。

金剛は、今、まったく未知の女性に心を奪われようとしている。


未知の女性に奪われて、自分の傍から金剛が消えてしまうのならいっそ…



翠玉は頭を振る。

なんと醜い感情だろう。

金剛の傍にいることが、こんなに辛くなる日が突然やってくるとは、思ってもみなかった。


「兄様、わたし、帰ります。」

「あぁ」


金剛は石彫りに夢中で、翠玉の言葉が聞こえていないようだった。