確かに、博に届いているメールと同じものだった。
「それに従わないとペナルティを受けるって書かれているんだ」
博の言葉に、颯樹がメール画面をスクロールして確認した。
確かに、その通りに書かれている。
「まるでアプリが利用者を脅してるみたいだね」
悪趣味なメールにあたしは顔をしかめた。
「だからアプリを紹介したのか」
納得したように颯樹は頷いた。
博はこのペナルティというものを恐れたのだろう。
「ってことは? 俺も24時間以内に誰かに紹介するか、プレイしなきゃいけないってことなんだろうな。このメールが届いてるし」
颯樹が呟くと、博は頷いた。
「でも、今は俺と颯樹に主従関係が成立してる、その間だけはペナルティを受けない」
「なるほど。一応は俺もプレイ中だもんな。だけど、相手から誘われた場合には必ず自分から他の誰かを紹介するか、プレイするかしなきゃいけない。そう言う事だな」
理解したように颯樹は頷いた。
「今の颯樹の状態で、紹介したり次のプレイの相手を探す事もできる」
博が補足としてそう言った。
「このアプリは次々広まって行くってことだね」
あたしがそう言うと、博は頷いた。
しかも、広まる相手は必ず自分たちの身近な人間ということになる。
主従関係が成立しても、メールや電話では相手に指示を出す事ができないのだから、毎日顔を合わせる人間を選ぶに決まっているからだ。
「なんとなく分かって来たね」
「そうだな。博、そんなに怯えなくてもいいって。明日もちゃんと学校に来いよ」
颯樹は博へ向けてそう声をかけ、あたしたちは部屋を出たのだった。
翌日、あたしはボンヤリとした頭で目を覚ました。
窓の外はどんよりと曇っていて、今にも雨が降り出しそうだ。
昨日までの晴天はどこへ行ったのかと、暗い気分でため息を吐き出した。
颯樹から連絡が入っていないかスマホを確認したけれど、誰からも連絡は入っていなかった。
颯樹はあれからどうしたんだろう。
真っ直ぐ家に帰ったんだろうか?
なんだか妙な胸騒ぎを覚えながら身支度をして、家を出た。
薄いピンク色の傘を右手に持ち、左手で単語帳を開く。
口の中で英単語を呟きながら学校へと向かう。
それはいつもの光景だった。
校門の前まで来てふと顔を上げて見ても、今日は掲示板付近には誰の姿もなかった。
少し悩んでから掲示板へと近づいて確認してみると、そこにはなんの張り紙もされていない。
その事を確認してホッと安堵のため息を漏らした。
昨日みたいに変なアプリのQRコードが張り出されていたら、すぐに先生に報告しなければいけないと思った。
そのまま教室へ向かおうとした時だった。
2年生の教室から大きなざわめきと笑い声が聞こえてきて、あたしは反射的に足を止めていた。
声が聞こえて来たのは階段に近い2年D組からだった。
あたしは階段からそっと離れてD組に近づいた。
窓もドアも開け放たれていて中が丸見えだ。
覗いてみると、黒板に大きな写真が張り出されているのが見えた。
それは昨日の茶髪の少女の写真で、首から『あたしは奴隷です』と書かれているボードを下げている。
その写真を見て生徒たちは笑っていたのだ。
あたしは目を見開いてその光景を見た。
昨日の黒髪の少女が嫌らしい笑みをたたえて、机に座っている茶髪の少女を見おろしている。
「ちょっと雅、まじでダサイんだけど」
茶髪の少女の友達だろうか、パーマをかけた髪をアップにしている少女がさげすんだ声色でそう声をかけた。
雅と呼ばれた茶髪の少女は反応せず、ジッと俯いている。
「奴隷の友達とか、あたしも嫌」
もう1人の派手系な少女がそう言ってそっぽを向く。
これは完全なイジメではないか。
そう思い、後ずさりをした。
その瞬間、黒髪の少女と視線がぶつかった。
その大きな瞳に身動きが取れなくなる。
黒髪の少女は小首をかしげて、ほほ笑んで見せたのだった。
☆☆☆
金縛りを振りほどき、あたしは自分のクラスへと駆け込んでいた。
今見た光景を誰かに相談しようかと、クラス内を見回す。
みんな昨日までと変わらない。
それぞれ教科書を広げていて、熱心に勉強をしている。
その風景を見ていると、急速に自分の中の焦りが冷えて行くのを感じた。
あたしも含めてA組の全員は他人の事なんて気にしている暇はないのだ。
仮にあれがイジメだったとしても、それがどうしたというのだろう。
2年生のことなんて、ましてや学力の低いと言われるD組のことなんて、関係ない。
そう思い、あたしはそのまま自分の席についたのだった。
☆☆☆
10分ほど単語帳とにらめっこをしていると、元気のいい声が聞こえてきてあたしは顔を上げた。
みると颯樹が教室へ入って来たところだった。
みんなの雰囲気が和らぐのを感じる。
あたしは両腕を伸ばして大きく息を吸い込んだ。
「貴美子、昨日はサンキュ」
颯樹に言われてあたしは「構わないよ」と、返事をした。
颯樹はあの後すぐに帰ったんだろうか。
そう質問したかったけれど、なんとなくためらわれた。
「2年生の教室見たかよ」
不意にそう聞かれてあたしは返事に戸惑った。
それは肯定ととらえられて、颯樹は真剣な表情になる。