「やっぱり、高田高校でもあのアプリが広がってたんだよ。それで奴隷になった生徒が爆発してあの事件が起こったんだ」
あたしはそう言い切った。
この書き込みを見る限り、高田高校はあたしたちの学校よりも更にひどい状況にあったことが伺える。
奴隷たちが王様を殺したいほど憎んでいたとしても、不思議ではなかった。
「だけど新聞にはあのアプリについてはなにも書かれてなかった」
亜美の言葉にあたしは頷いた。
「書けなかったんじゃないかな」
そう言ったのは紗菜だった。
「あたしも、そう思う。どれだけ生徒たちがアプリについて説明しても、きっと信じてもらえない。あたしが先生に相談した時に、アプリは起動しなかったの。まるで意思を持っているみたいに感じた」
思い出して強く身震いをした。
自分にとって不利になることを、アプリ自身が徹底的に裂けているように感じられる。
「そんな話、きっと誰も信じないでしょ」
あたしの言葉に2人は頷いた。
当事者だからこそ、非現実的なことが起こっても不思議ではないかもしれないと、思えるのだ。
「どうする? そろそろ行く?」
紗菜にそう言われてあたしはパソコン画面の時計を確認した。
いつの間にか午後3時半になっている。
そろそろ授業が終わる頃かもしれない。
立ち上がってから、ふと気が付いた。
紗菜と亜美の奴隷時間ももう終わっている頃だ。
それでも、2人はあたしと一緒に図書館を出て歩き出した。
それは間違いなく2人の意思で、ここに主従関係は存在しない。
そう思うと、嬉しくなった。
「なにモタモタしてるの? 早く行こう」
振り向いた紗菜があたしの手を握りしめて足を速めたのだった。
高田高校は図書館から歩いて10分ほどの距離にあった。
灰色の大きな校舎を見上げるとなんだか陰鬱な気分になった。
ここで50人もの生徒が死んで行ったのだ。
そう思うと進む足は重たくなっていく。
高田高校の玄関口を入るとすぐ右手に下駄箱があり、左手に受付のような場所があった。
「どちら様ですか?」
窓口から男性が顔を覗かせてそう聞いて来た。
あたしたちの制服を見て怪訝そうな表情を浮かべている。
不審がられないよう、あたしたち3人は窓口へと近づいた。
「すみません、ちょっとお尋ねしたいことがあって来たんです」
そう言うと、男性は眼鏡の奥の目をスッと細めた。
こちらの言っている事が嘘か本当か、見ぬこうしているように見えた。
「5年前の、事件のことで……」
思わず声が小さくなった。
こんなに正直に話したって、はいそうですかと教えてくれるワケがない。
事前に言い訳を考えておけばよかったと思い、口をつぐんでしまった。
「5年前の事件の事を知って、どうするつもりですか?」
男性の口調が険しさを増す。
ダメだ。
このままじゃ追い返されてしまうだろう。
そう思って二の句が継げなくなっていた時、この学校の先生らしき男性が廊下を歩いてくるのが見えた。
まだ若く、20代前半くらいかもしれない。
男性は一旦こちらへ近づいて来て窓口の男性に声をかけた。
「平田さん仕事頑張って。また来るから」
「あぁ、いつでも遊びにおいで。卒業生は歓迎するよ」
平田さんと呼ばれた窓口の男性は目元にシワを寄せてほほ笑んでいる。
この学校の卒業生。
思わず男性に視線が釘付けになる。
その視線に気が付いた男性が怪訝そうな表情を浮かべてあたしを見た。
「あ、あの……」
「君たちに話すことはなにもない。帰ってくれ。清野君も早く帰れ」
まくしたてるようにそう言う平田さん。
清野君と呼ばれた男性は一度平田さんへ向けて会釈をすると、靴を履き替え始めた。
声をかけようとしたら平田さんの鋭い視線に阻まれて声をかけることすらできない。
「もう1度言う。君たちがどうしてあの事件について調べているのか知らないが、教えられる事はなにもない」
平田さんの有無も言わせぬ物言いに、あたしたちは黙り込んでしまったのだった。
☆☆☆
せっかく3人で学校をサボってまで来たのに、収穫はゼロだった。
申し訳ない気持ちが込み上げてきて、歩調が自然と遅くなっていく。
「気にしなくていいよ」
そう言ってくれたのは紗菜だった。
「そうだよ。あたしたちは自分の意思で貴美子に付いて来たんだから」
亜美がそう言い、あたしの肩を叩いた。
あたしも2人の気持ちには途中から気が付いていた。
それなのに何もできなかった自分が情けないのだ。
できれば大きな収穫を持って帰りたかったのに……。
そう思いながら高田高校の校門を出た時、「なにか用事?」と、声をかけられて足を止めた。
声がした方へ視線を向けると先ほど清野と呼ばれた男性が立っていた。
まだ怪訝そうな表情を浮かべているものの、あたしたちに興味を持っている雰囲気がつたわって来た。
「あ、あの、あなたはここの卒業生ですか?」
思い切ってそう質問した。
緊張で少し声が上ずっている。
「そうだよ。平田さんから何か聞こうとしてたように見えたけど?」
「そうなんです。実は、あの……」
そこまで言って口ごもる。
あの事件の事を口にすれば、また追い返されてしまうかもしれない。
高田高校の関係者たちなら思い出したくない過去だろう。