「丁度いいストレス発散になる」


颯樹は亮太の頭を拳で殴りつけてそう言った。


鈍い音が聞こえてきて、亮太が頭部を押さえて座り込んだ。


「みんなだってそうだろ?」


王様になった生徒へと視線を向けてそう言う颯樹。


「そうだよね。勉強づけでつまらなかった日常から、ようやく抜け出せた!」


カリンが嬉しそうに笑ってそう答えた。


あたしの目の前に立っている美奈が俯いた。


「でも……相手は友達じゃん……」


「貴美子、それ本気で言ってるのか?」


颯樹が呆れたような声でそう聞いて来た。
「……どういう意味?」


「他のクラスの連中はどうか知らないけど、A組は全員ライバルだろ。相手を蹴落とすために必死なヤツだっている」


その言葉にあたしは言い返せなくなっていた。


確かに、《絶対命令アプリ》が来る前からそういうところはあった。


わざと間違えて勉強を教えたりして、相手を蹴落とそうとしていた生徒は少なくない。


「そういう相手を友達とは言わない」


颯樹がしっかりと言い切った瞬間、教室内の空気が変化した気がした。


今まで見ないフリ、気が付かないフリを決め込んできてものが露呈したようなうすら寒い空気が漂う。


一瞬にして、クラスメートのたちの顔が見知らぬ人の顔に見えて来た。


知らない人たちの中に自分がポツンと立っているように見えて、あたしは後ずさりをした。
美奈がゆっくりと顔をあげる。


その表情は奇妙な笑みを浮かべていた。


美奈の……クラス中からのどす黒い負の感情が押し寄せて来る気がして、あたしはドアに手をかける。


ここにいちゃいけないと本能的に感じていた。


けれど、一歩遅かったんだ。


ドアを開ける寸前のところであたしのスマホが震えた。


その震えに息を飲み動きを止める。


スマホが震えただけじゃ、なにが届いたのかはわからない。


単なるメールかもしれない。


ニュースが更新されただけかもしれない。


そう思う反面、あたしはもう気が付いていた。


これがあたし自身の《ゲーム》開始の合図であることを……。
あたしは汗の滲む手でスマホを取り出し、画面を確認していた。


画面上には美奈からのゲームの誘いが来ている。


あたしは顔を上げてニヤ付いている美奈を見つめた。


「なんで……?」


「それは、どういう意味の質問?」


美奈が小首をかしげてそう聞いて来た。


「どうしてあたしが美紀子を選んだか? それとも、カリンとの主従関係が続いているあたしが、どうして次のゲームに移れたかっていう疑問?」


両方だった。


「両方ともちゃんと答えてあげようか?」


そう聞かれて、あたしは小刻みに頷いた。
みんなの視線を浴びているため、まるで金縛りにでもあっているようだ。


「最初の答えは簡単。前からあんたのことが嫌いだったから」


美奈の言葉が予想以上に自分の胸に突き刺さった。


我慢しようと思っても、表情が見にくく歪んでいくのを感じる。


美奈とは特別仲がいいわけじゃない。


けれど、同じクラスメートとして過ごしてきたハズだった。


「あたしは1年生の頃からずっとA組だった。それなのに、途中からA組に上がって来たあんたに成績を抜かされるなんて屈辱以外の何物でもない」


美奈はそう言い、歯を食いしばった。


あぁ……。


確かにそうだった。
2年生になってA組に入る事ができて嬉しくて、それからずっと勉強を続けて来た。


放課後は図書室に残って自主的に勉強していたし、学校までの行き帰りの時間も無駄にしなかった。


その成果は見る見る現れてきて、A組の中央あたりの成績をコンスタントに獲得することができるようになっていたのだ。


中央よりも少し下の成績に入る美奈は、それをずっと根に持っていたのだろう。

「次の答えは、あんたには特別ルールが適用されたから」


美奈の言葉にあたしは目を見開いた。


「特別ルール……?」


「そう。裏切者には制裁を今実行されているゲームは途中で中断され、次の相手とゲームができるようになった」


「なにそれ……」


そう呟いた時、立てつづけにスマホが震えた。


驚いて画面を確認してみると、次から次へとゲームの誘いが来ているのがわかった。


驚愕し、固まってしまう。


何で一気にこんなにも!


特別ルールで次のゲームができるようになったからと言って、そのゲームで絶対に勝てるとは限らないはずだ。
それなのに……!


震えながら画面を見つめていると、最後にもう1つゲームに誘う通知が届いた。


あたしはそれを確認し、ゆっくりと顔を巡らせた。


颯樹と視線がぶつかる。


颯樹は右手にスマホを持ち、その画面をこちらへ見せて笑ったのだった。
あっという間に数十件分の通知がたまり、あたしはその場に座り込んでしまった。


激しい動悸がして空気を吸い込むことが難しい。


このクラスの生徒だけじゃなく、他のクラスの生徒からも通知が来ている。


なんで……。


なんで!?


混乱と恐怖と驚愕。


全身から滝の様な汗が噴き出すのを感じる。


「ほら、早くゲームしようよ」


1番最初にゲームに誘って来た美奈がしゃがみ込んでそう言って来た。


あたしは美奈を見つめる。


こんなのおかしい。