「アルね。……アルくん?それともアルさん?」
自分より少し歳上だろうと思うので、「さん」付けの方が良いだろうか?
「………アルでいい」
「よろしくね!私のこともレインで良いよ」
「お前はお前で十分だ」
名前を呼ぶ気はないと、少年―アルはそっぽを向く。
だが、レインは怒るようなことはせず、笑っていた。
(名前を教えてくれたし、大人しく治療させてくれるから、呼び方は別にいいや)
薬草を張り替えて、また帯を巻く。
「……これは、お前のか?」
「うん。綺麗な布が必要だったから」
「………返す」
他人の帯だから嫌なのだろうかと、レインは訝しげな視線を送る。
だが、そうではないらしい。
「無いと困るだろ?」
帯は着物を落ちないように体に密着させる役割がある。だから、無いと困ると言ったのだが。
レインは首を振った。
「紐で結んであるから大丈夫!」
「………」
狩りで使うであろう紐を腰に結び、どこか誇らしげに親指を立てたレインに、アルは「馬鹿か?」という視線を送った。
レインには意味が全く通じなかったらしいが。
レインから狩ってきた兎を貰い、それをさばいて一緒に食べると、アルはレインを見る。
「どうして、卵を持っていた?」
「……私の、十二才の誕生日の日にね、森の奥で見付けたの」
レインは、アルになら話してもいいかと思い、自分の生い立ちを話した。
何となく、誰かに聞いてほしかったのかもしれない。
「……私は、私を一番大切にしてくれた人を守れなかった。助けられなかった。……だから、ティアだけは守ろうと思ったの」
ティアナが魔女だと聞いても、アルは顔色一つ変えなかった。
「師匠に拾われてからは、短い間だったけど、幸せだった」
父であり兄であり、生きる術を教えてくれた師である彼を、レインは尊敬している。
一つ難点があるとすれば、ことあるごとに「お父さん」または「パパ」と呼ばせようとするところだ。
あんなに早くお別れするのなら、最後くらい「お父さん」と呼んであげれば良かったと、今少し後悔している。
「お前を拾ったあの男は、一体何者だ?」
「師匠曰く、ただの狩人だって」
「魔法使える時点で、狩人じゃないだろ」
レインは龍から落ち後の記憶が曖昧で、レオンが魔法を使ってるところなど見たことがない。
そのため、アルの発言に目を瞬かせた。
(確かに、私の記憶を読み取れるくらいだから、ただの人間じゃないだろうけど……)
レインとて、そこまで天然ではない。レオンが普通の人間でないことは、薄々気が付いてはいた。
けれども、レオンは大切な恩人であることはかわりない。
「アルは、龍の谷に住んでるの?後、どうしてこんな怪我をしたの?アルと一緒にいた龍はどうしたの?」
「質問が多い」
「聞きたいことは一回でまとめた方がいいって、師匠が言ってたから」
「…………どれから答えればいいか分からないだろ」
ため息混じりにそう言うと、レインはそれもそうかと頷く。
「龍の谷に住んでるんだよね?」
「そうだ」
「何で怪我してたの?」
「切られたからな」
アルの言葉に、レインは目を見開く。何となく、他人から傷つけられたものだとは思っていた。
「誰がそんなことを……」
「さぁ?知らない人間だな。恐らく龍王に仕えているんだろうが。……黒い髪に青い瞳の、大剣を背負った男だ」
アルの言葉に、レインはハッとした。
恐らく、自分が会った男。
竜騎士を名乗りながら、竜や龍を殺すもの。
「その人が、何でアルを?」
「相棒を殺そうとしたから、追い払うつもりで反撃した。そしたら、見事に返り討ちにされた。以上だ」
忌々しそうに顔を歪めるアルを見ながら、レインは目を伏せる。
「……」
『レイン?』
ティアはレインの膝に乗り、二人の話を大人しく聞いていたようだが、レインが目を伏せると、顔をあげて覗きこむ。
「大丈夫だよ。ティア」
『ピギィ!』
「そいつは、お前に心を開いてるな」
アルの言葉に、レインは顔をあげてアルを見る。
「もうそいつは、お前の言うことしか聞かない。生まれる前ならともかく、生まれてしまった後は、僕が何をしても無駄だろう。一度心を通わせた相手に、龍は従うんだ。……つまり、お前はそいつだけの龍使いということになる」
龍使いという言葉に、レインは不思議そうにアルを見た。
「龍使いって?」
「龍と心を通わし、龍と共に生きる者のことだ。僕も龍使いを名乗っているが、どちらかと言えば、龍の谷や龍を守護するのが役割だな」
アルの言葉に、レインは考え込む。
龍使いという言葉、その意味を聞いて、何故か胸の奥がざわついた。
初めて聞いた言葉の筈なのに、知っていたような気もする。不思議な気持ちだ。
「……だから、もうお前からそいつを取り上げたりしない」
「!……ありがとう」
ぶっきらぼうだが、アルの言葉の意味に気付き、レインはお礼を言った。
「………」
またすぐそっぽを向いてしまったが。
『レイン!』
ティアはレインの膝から降り、裾をぐいぐいと引っ張る。
どうやら、そろそろ行こうということだろうが、レインはちらっとアルへと視線を移す。
足を怪我してるわけではないので、歩くのに支障は無いだろうが、無理は禁物だ。
「……問題ない」
レインの視線の意味が分かったのか、アルはそれだけ言って立ち上がる。
「そろそろ、あいつも来る頃だろうしな」
「あいつ?誰?」
「ゼイル。……僕の弟で、相棒だ」
その一言で、アルと一緒にいた、銀色の龍を思い出す。
「私にとってのティアと、同じなんだね」
ゼイルという名のアルの相棒。銀色の鱗を持った、とても綺麗な龍。
「弟」と言った時のアルの顔は、レインを見るレオンの眼差しと良く似ている。
親のような、暖かい眼差し。
「そうだ!アルは龍の谷から来たんなら、龍の谷がどこにあるのかを知ってるんでしょう?」
「そうだな」
「私とレインを、龍の谷まで連れていってくれないかな?案内してくれるだけでも良いんだけど」
「………はぁ」
何故かため息を吐かれた。
「何でため息吐いたの?」
「断るだけ無駄だと思っただけだ。お前は龍の爪にしがみついてでも追ってくる奴だからな。ちびの癖に、どこからあんな力が湧いたのか、今でも不思議だ」
「ちっ―!…………ちびじゃないもん」
他の言葉は、まぁ仕方ないと片付けたが「ちび」呼ばわりはカチンときた。
レインは元々背が小さい方で、三年たってもそこまで伸びていないので、割りと背の低さを気にしていた。
「私だってその気になれば………二、いや三十メートルは伸びるんだからね!今はまだ成長期なんだから!」
「巨人か」
アルの呆れたツッコミに、レインはうっと黙りこむ。
『キョジン!』
ティアは新しい言葉を覚えた。
「…………」
「…………」
何故か気まずい空気が流れ、レインとアルは口をつぐんだ。
「………行くぞ」
「………うん」
『ギョイ!』
二人と一匹は歩き出した。
獣道から、普通の道へと出ると、レイン達は真っ直ぐ歩いていく。
すると、段々登り坂になり、前の坂よりも急だ。
「ここから先は山に入る。山の頂上でゼイルが待っている筈だ。……因みに、ちょっとでも道から外れると、崖になっているからな、そいつはまだ飛べないだろうから、見ててやれ」
視線でティアを指すと、レインは頷いた。
「分かった。……私も気を付けないと」
「お前は大丈夫だろ。しぶとそうだし」
「確かに。丈夫さは私の取り柄だし!」
嫌味を言われたとは思ってないのか、自信満々に返され、逆にどうすればいいのか分からなかった。
『兄貴はまだかなー?』
昨日、アルと共に地上へ降りると、突然目の前に、大剣を持った男が現れた。
そして、男は自分に向かって大剣を振り下ろした。
思わず飛び上がって避けたが、男も飛び上がり、爪に乗って、そこから勢いよくまた飛ぶと、背中へと降り立った。
だが、アルが男に槍を突き、二人は自分の背中で打ち合っていた。
正直、いつ大剣で切られたり、槍で突かれたりするのか分からなかったので、恐怖しかなかったが。
アルに降ろすよう指示され、急降下し、ギリギリ地面へと近付くと、アルは飛び降り、一度龍の谷へ帰り、山の頂上で待っていろと言われた。
『薬草、ちまっとしてるから、結構大量に持ってきちゃったな』
もしもの時のためにと、薬草を取ってくるよう言われたので、龍の谷の洞窟に積まれていた薬草を鷲掴みにして持ってきた。
途中、爪の隙間からいくつかこぼれ落ちたが。
『しかし、あいつ……何か嫌な気配したな』
男の纏う気配とでも言うべきか、何やらただならぬ雰囲気だった。
本能的に、危険だと思う相手。
『兄貴は大丈夫か?……まさか、殺られたりしたんじゃ……いや、兄貴はスッゲー強いんだ。きっと大丈夫だよな!』
龍の谷の守護を任されているだけあって、アルは強い。
他の龍と互角にやりあうだけの力を持っているのだから。
『!……あいつだ』
昨日アルと打ち合っていた男が、こちらへ向かってやってくる。
『やばい、隠れなきゃ!』
だが、隠れられそうな所はない。ならば、遥か上空へと上るしかないだろう。
『くそっ。まだ兄貴も来てないのに。てか、あいつ傷一つついてないし……ええい!考えるのは後だコンチクショー!』
翼を力強く動かし、高く高く舞い上がる。
その光景に、男が気付いていない筈はなかった。
もうすぐ山の頂上というところで、突然ティアが背中によじ登り、器用にリュックのボタンを外して入ってしまった。
「?ティア?」
『………』
ティアは返事をしない。
まるで、紅花村で竜を見に行った時のようだ。
(……何かいるの?)
「どうやら、何かを警戒しているみたいだな。龍は警戒心が強く、敏感だからな」
アルがそう言うと、レインは頂上を見上げる。
すると、何か黒い点のようなものが見えた。
(あれは……人?)
「……」
近付けば近付くほど、その形を為す。
「お前は、僕の後ろにいろ」
アルは手で制してから、レインよりも先へと進んでいく。
レインも念のため、弓をリュックから外し、左手で持った。
頂上まで辿り着くと、そこには大剣を背負った男が背を向けていた。
「……またお前に会うとはな。昨日は世話になったが」
「………」
男はゆっくりこちらを振り返る。
(やっぱり。竜騎士って呼ばれてた人だ)
レインが驚くと、竜騎士もレインに気付き、目を見開く。
「……まさか、龍を狩るついでに見付かるとはな」
竜騎士はレインを見たまま呟く。
「赤い髪の娘。お前を城へ連れていく。……大人しく来れば、手荒な真似はしない」
「……嫌です。私には行かなければ行けないところがあるんです」
何故城へ来いと言うのか、レインには全く分からないが、首を振って拒否した。
「こいつを連れてかせるわけには行かない」
「……邪魔をするなら、今度はその首を切り落とす」
大剣を引き抜き、アルへと向けると、アルも槍を構える。
「レイン、お前は下がってろ!」
「!私も―」
「足手まといはいらない。早く下がれ!」
加勢すると言うように弓を見せたが、アルは必要ないとレインを下がらせる。
確かに邪魔になるかもしれないと思ったレインは木の後ろに隠れ、二人の様子を伺った。
「はぁっ!」
アルは素早く竜騎士に走り寄り、槍を横へ振り下ろす。
だが、竜騎士はそれを避けた。
「っ……はっ!」
槍を両手で構え、勢いよく地面に突き刺し飛び上がると、そのまま竜騎士の背後へと回った。
首筋へと槍の切っ先を当てる。
「……今度は、僕の勝ちだな」
肩の傷がまだ少し痛むせいで、動きが多少鈍くなったが、それでも男の背中をとれたと思う。
だが―。
「その程度で勝ったつもりとは、龍の守護者が聞いて呆れる」
「な―がはっ!」
槍の切っ先を掴み、それを勢いよく引いて体をひねり、アルの溝内に膝を叩き付ける。
「げほっげほっ!」
槍を引いた時の力の強さと、その後の動きの早さに驚き、反応が遅れたため、アルは地面へと転がった。
叩き付けられたせいで、肩の傷が開いたのか、酷く痛む。
「………」
竜騎士はアルの側へ寄ろうと一歩踏み出す。
その時―。
「!……大人しくしていればいいものを」
「……それ以上、私のお友達を傷付けないでください」
ヒュンッと放たれた矢を左手で掴み、竜騎士はレインを見る。
「俺と戦うつもりか?紅花村の時のようにはいかないが?」
「………」
レインは勝てるとは思っていない。だが、勝てるか勝てないかは今は関係ない。
彼女にとって今一番大切なのは、目の前の自分とティアを守ろうとしてくれた人を助けることだ。
レインは弓を構え、矢を引いて竜騎士と向き合う。
「………っ」
矢を放とうとした瞬間、動きを先読みしたのか、竜騎士がいつの間にか目の前にいた。
「!―あ!!」
咄嗟に反応できず、弓を叩き落とされ、大剣を首筋に当てられる。
「赤い髪の忌み子。姫様の命により、城へ連れていく」
「………」
竜騎士の目的は、自分を連れていく事であって、殺すことではないだろう。
だが、下手な動きは禁物だ。自分でなくても、アルを傷付ける可能性がある。
嫌な汗が流れる。
『レインー!!』
「!ティア?!」
リュックから出たティアが、走ってこちらにやってきた。
「駄目!ティア逃げて!!」
「あれは、まさかあの時の……何故もう生まれているんだ……」
呆然と呟くような声で言いながらも、すぐに頭を振って大剣をティアに向けている竜騎士に、レインは走り寄る。
「駄目!止めてください!!」
レインの制止に構わず、竜騎士はティアへと大剣を振り下ろした。
だが―。
「!……ぁ……」
ティアを庇うように抱き締めたレインは、そのまま前へと倒れる。
「!!」
竜騎士は、自分が切ったレインの姿に、目を見開き呆然としていた。
『レイン!』
ティアがレインの顔を覗きこむと、レインは無理矢理口端を上げて笑う。
「大……丈夫……………大丈………から」
切られた背中が熱を持ち、それはやがて酷い痛みへと変わる。
「………ティア………アルと…………げて」
『ピギィ!?』
ぶんぶんと首を横に振るティアへと、レインは手を伸ばす。
だか、すぐに力尽きたように地面へと落ち、レインの視界は暗くなる。
「……俺……は……」
竜騎士は小さく呟くと、自分の右手を見て、その先にある大剣から滴る血を見た。
「!」
息を飲んで、レインを見直す。背中の布は血が染みたのか、赤く染まっていた。
青白い顔の少女の姿に、背筋が凍りそうになる。
傷付けるつもりはなかった。ただ、少し脅すつもりだった。
だが、ティアの姿を見て、彼女の命令を思い出し、それを優先した。
これは仕方のないこと。単なる事故だと片付けようとしても、竜騎士は手が震える。
何故か、罪悪感に似た恐怖が沸き上がった。
(何故だ?……たった二回会っただけの少女に、情でも沸いたというのか)
『…………ギィ………』
レインの意識が完全に途絶えると、ティアは今まで出したことのないような、低い声で鳴く。
「?」
ティアの異変に気付き、竜騎士が顔をあげると、ティアが目の前に立っていた。
『ピギィィィィィ……………ピギィィィィィ…………」
まるで獣の唸り声のような声を出すティアに、竜騎士は警戒するように大剣を構える。
「何をするつもりだ」
『ギィ………ガァァァァァァァ!!』
口をカバッと開けると、回りの空気を吸い込み、それを火に変え吐き出す。
龍の炎は、体内の魔力によって作り出されるもの。空気中の酸素を魔力を使って燃焼し、吐息と共に吹き出すのが原理だ。
だが、本来なら成龍にしか使えないものだ。
「何―っ……う………」
炎の渦に視界を阻まれ、竜騎士は後ろへと下がる。
(何故、幼龍がそれほど高い魔力を!……ぐぁっ)
驚いている竜騎士の脇腹に、鋭い痛みが走った。
「さっきのお返しだ」
肩を押さえながら、左手で持った槍を、竜騎士の脇腹へと突き刺した。
そのため、竜騎士は地面へと膝をつく。
押さえたところから、血が流れ出るのを感じ、痛みに眉を潜める。
体制を整えるのに時間がかかってしまったアルは、ティアが炎を吐いた時に立ち上がり、槍を突き出し傷を負わせられたが、それでも長くは戦えない。
アルは竜騎士が膝を付いたのを確認して、レインの元へと走り寄る。
「おい、しっかりしろ!」
「………」
レインは、浅い呼吸を繰り返していて、返事を返さない。
「………まずいな」
アルはレインをおぶり、ティアを見る。
「そこの崖から飛び降りるぞ。レインを助けるためだ。分かるだろ?」
これは命令ではなく、レインのために協力しろという意味で言うと、ティアは頷いて崖がある方へと走っていく。
「待て!………っ」
痛みに顔をしかめ、それでもこちらへ向かおうと立ち上がる竜騎士を、アルは冷めた瞳で見る。
「お前は龍達だけでなく、人間も殺そうとするんだな。……こいつがもし死んだら、僕はお前を殺しに行く」
それだけ言って、アルはティアの後を追った。
「……………くそっ!」
苛立ちが沸き上がり、竜騎士は地面を殴る。
山火事になる程の火の勢いは無いが、早くここから去ることにこしたことは無いだろう。
竜騎士は立ち上がると、馬を待たせている山の下まで歩いていった。
一方、レインをおぶって走るアルと、アルの先をとことこと走るティアは、崖へと出る。
『レイン?』
心配そうにこちらを振り返ったティアを、アルは冷静に見返す。
「合図をしたら、飛び降りるぞ」
『ギョイ!』
ティアは崖のギリギリまで近付いて、アルの合図を待っている。
「…………今だ!」
『ピギィ!』
アルとティアは勢いよく崖から飛び降りた。
「ゼイル!!」
アルの声に答えるかのように、雄叫びに似た鳴き声が響き渡り、次の瞬間銀色の龍が、アル達を受け止めた。
『あ、あ、兄貴ー!!無事で良かった―って、何かいるんだけど?!』
どうやら、レインとティアには気付いていなかったらしい。
『あれ?その子何か見覚えが………』
「ゼイル。急いで龍の谷へ飛べ」
首を捻るゼイルを無視し、谷へ向かうよう指示すると、おぶっていたレインをよこたえらせる。
首筋に指を当て、脈を測ると、明らかに鼓動の音が弱まっていた。
「……まずいな。龍の谷までもつかどうか」
取り敢えず、止血だけでもしなければと、レインの背中へと手を伸ばす。
だが―。
「そこを、どいて」
「お前は!」
いつの間にかアルの背後には、三年前に会った男が立っていた。
相変わらず、読みにくい笑みを浮かべている。
「…………レインの、師だな」
ニコニコと笑ったまま、レオンは頷いた。
「何故ここに?というか、何で透けている?……幽霊か?」
「今ここにいる僕は分身みたいなものだからね。……それより」
レオンはレインの側へ屈むと、そっとレインの背中へと手を添える。
「……こんな目に合わせるつもりじゃ無かったんだけどね。……やっぱり、君はこの国では生きにくいだろうね」
レオンの手から、光がいくつも浮かび上がる。
「何をしてるんだ?」
「……傷を癒してるんだよ。女の子の肌に、傷が残ったら大変だしね」
『兄貴ー。さっきから、何一人でぶつぶつ言ってるんだー?』
後ろでの、アルのことが気になったのか、顔だけ背中を見る。
「何言って―」
「ああ。僕の姿は、君にしか……いや、君とその子しか見えないからね」
レオンは視線でティアを見ると。ティアは黙ってレオンを見上げていた。
「……はい。もう大丈夫………やっぱり、君には普通に幸せになってほしいな」
後半の言葉はアルに聞こえないよう呟き、レオンはティアに微笑む。
(君と、ただ静かに暮らす方が、よっぽどいいよね。外の世界から閉ざされた世界にだって、幸せはあるから)
「レインに伝言お願いできるかな?」
「伝言?」
訝しげにこちらを見るアルに、レオンは頷く。
「そう。……『僕はもう君の帰る場所にはなれない。君は龍の谷で幸せに暮らしてほしい。それが、僕の願いだから』ってね」
悲しげに微笑むレオンに、アルはため息を吐く。
「……自分で言えば良いだろ」
それほど大事ならば、自分で伝えるべきだろう。
「もう、時間がないんだ。……レインのこと、よろしくね。……あ、よろしくって言っても、レインは君にはあげないからね?あくまでお友達として認めるだけだからね?」
「……何の話だ」
アルの疑問に答えず、レオンは更に続ける。どうやら、お父さんスイッチが入ったらしい。
「いくらレインが可愛いからって、毒牙にかけるようなことしたら、馬に蹴られる呪いか、寝癖が直らない呪いかけちゃうから。肝に命じてね」
「誰がこんなちびなんか―」
「レイン馬鹿にすると、コーヒー中毒になる呪いかけちゃうよ?」
にっこり笑いながら、背中から何やらどす黒いオーラを出しているレオンに、アルは半目になる。
(めんどくさい奴だな。……こーひー?って何なんだ?)
別作品のネタを出されても、アルに通じる訳が無かった。
「とにかく、レインのこと、守ってあげてね。後、もう一つだけお願い」
レオンはレインを見ながら続ける。
「この子から君は、横笛のことを聞いた?」
「……ああ」
形見だと、レインから聞いていた。
「その横笛も、この子と一緒に守ってほしい。……壊れてしまわないように気を付けてね。それさえ無事なら、この子は幸せでいられるから………頼んだよ、アルくん」
その言葉と共に、レオンの姿はかき消えた。