指で掬ってみると、ハチミツのようにトロリとしていた。
鼻に近付けて臭いを嗅ぐと、色んな薬草の臭いがする。
特に鼻にくるのは、酸っぱい臭いだ。
「これ、薬草を細かく潰して、水に混ぜたものだ」
水に色が付いてるのは、その薬草のせいだろう。
「使ってる薬草が分かればいいんだけど」
「お父さんの仕事場に、何か草が沢山置いてあるよ?見に行く?」
「でも、ノノンのお父さんは仕事場に入れてくれないんだよね?」
レインの言葉に、ノノンはフフンと胸を張った。
「入れてくれないなら、忍び込めばいいだけだよ!」
「……ノノンが叱られちゃうよ?」
「大丈夫!もう何度も叱られてるから」
何故か自慢気なノノンに、レインは苦笑いする。
だが、人様の仕事事情に首を突っ込むのは良くないが、レインはどうしても知りたかった。
もしかしたら、竜達が虚ろなのはあの水が原因ではないかと。
「じゃ!仕事場に行こう!」
「うん……あ!」
レインはふと、ティアはまだ竜を見れていないんじゃ無いかと思い、檻の前に着てリュックを前に向ける。
しかし、ティアは無反応だった。
「?」
不思議に思いながら、ティアを出そうと手を入れると、ティアは怯えたようにリュックの隅へと体を縮こませる。
「ティア?………!」
もしかしてと、レインは指先の臭いを嗅いだ。先程の竜水の臭いがまだ付いている。
ティアはこの臭いを嫌がっているのだ。
(この怯え方……一体)
レインはリュックを背負い、ポタンを閉じると、ノノンを見る。
「……行こう」
ノノンは黙って頷くと、先へと歩いて行った。
「ここがお父さんの仕事場。……そこに木があるでしょう?あそこを上って、二階の窓から入るの。風を通すために、いつも開いてるから」
見上げると、丁度窓に寄り添うように、大きな木が生えている。
「まずは私が行くね!」
そう言い終わるや否や、ノノンは器用に木を上ると、窓へと飛び移る。
レインも木へと近付く―がその時、扉が開いた。
「!」
レインは咄嗟に木の後ろに隠れる。
濃い髭を生やした男が、何やらモゾモゾと動いている大きな袋を背負って去っていった。
あの人が、ノノンのお父さんだろうか?
「お姉さん?」
ノノンが控え目に声をかけると、ハッとしてレインは木を上って窓へと飛び移る。
すべて木で出来ているため、床に降りるとギシッと軋む音がした。
「さっき、ノノンのお父さんらしき人が、大きな袋を持って出ていったよ?」
「……もしかしたら、赤ちゃんの儀式をしに行ったのかも」
昨日も聞いた儀式という言葉に、何故かレインの心に不安が募っていく。
嫌な予感がするのだ。
「とにかく、下へ降りよう?」
ノノンが言うと、レインは黙って頷く。
階段を降りて下へ行くと、そこには大きな机と棚があった。
机の上には、正六角形にカットされた細い板が、いくつも組合わっており、まるで蜂の巣のようだ。
一つの六角形には綿が敷かれており、割れた卵が置いてある。
勿論、数は少ないが、割れてないのもあった。
「……これが………竜の卵」
形はティアの卵と同じだが、大きさはティアの時よりも大きい。
それに、色はくすんだ灰色をしている。
「お姉さん!薬草ここにあったよ!」
レインが卵を眺めていた間、ノノンは棚を漁っていた。
ノノンの側へ寄り、薬草を眺める。
「!……これは」
レインも見たことがない、灰色の薬草が沢山詰まっていた。灰色の薬草をつまみ、臭いを嗅ぐと、あの酸っぱい臭いがした。
恐らく、竜水の大元だろう。
「これは……何?」
「シジナ草だよ」
「「!」」
答えが返ってくるとは思わず、レインとノノンは肩を跳ねらせた。
振り返ると、先程出ていったノノンの父親が立っている。
「あの、勝手に入って申し訳ありません」
レインが頭を下げると、父親は顔の前で手を振る。
「いやいや。どうせ家のバカ娘が連れ込んだんでしょう」
バカ娘と言われ、ノノンは頬を膨らます。
「いえ。私がお願いしたんです。……本当にすみませんでした」
元々レインが頼んだことだ。ノノンは悪くない。
「君は、まだ若いのにしっかりしとるようだな。竜に興味があるのかい?」
「……はい。私は竜を見たことがありませんでしたし。薬剤師をしておりますので、薬草には目がなくて」
「はははっ!若いのに感心なことだ。そうだ、もうすぐこいつらも生まれるし、君なら特別に見せてあげてもいいが、見るかい?」
竜の誕生を見られる。そう聞いて、レインは迷わず頷いた。
「お願いします」
「お父さん!私も私も!」
「……仕方ないな。いいだろう……だが、まだ世話をさせるわけにはいかんからな。見るだけだぞ?」
父親の言葉に、ノノンはまた頬を膨らましながらも、大人しく頷いた。
暫く卵の前で、三人はジッとしていた。
父親が来たせいなのか、ティアは動かない。
「さ、生まれるぞ」
その言葉と共に、卵はグラグラと動きだし、一斉に割れる。
ティアの時は随分時間がかかったが、竜の子供達はとても早かった。
『ギャン!』
『ギャォーン』
ティアの鳴き声とはまた違う。何だか掠れた声だ。
レインの目の前の卵が割れ、竜がピョンと顔を出した。
「……!!」
「どうだ?可愛いだろ」
レインは目を見開いていることしか出来なかった。何故なら、赤ん坊はティアと全く同じ姿で生まれたのだから。
大きさは違えど、ティアと同じような姿―つまり、翼の生えた龍。
(どういうこと?この子達、皆翼がある)
声もなく見つめているレインを尻目に、父親は持っていた袋の中に赤ん坊を詰めていった。
「!あの―」
「これから儀式の間に連れていくんだ。残念ながら、見せられるのはここまでだな。出て行ってくれ。ノノン、お前も家に帰りなさい」
それだけ言うと、父親はドアを開けて出ていく。
レインは、足がカタカタと震え、その場に膝をついた。
(どうして?……赤ん坊の竜は龍なの?)
龍と竜は同じなのだろうか?もしそうなら、何故翼が無くなったのだろうか?
大人になったら無くなるのだろうか?
様々な疑問が沸き上がり、レインは体を抱き締めて震える。
ふと、恐ろしい考えがよぎったのだ。
『ピギィ?』
「お姉さん、大丈夫?」
こちらを気遣うティアとノノン。
レインはリュックを開けて、ティアを覗きこんだ。
「……ティア」
『ピギィ!』
抱き上げると、心が落ち着いていく。
(…………確かめなきゃ)
ノノンの父親を追い掛けなければ、儀式の間という所に行かなければ。
「……ノノン。儀式の間に、案内して?」
「……分かった!」
儀式の間は、仕事場からそう離れていない所にある神殿の中にあるようだった。
レインとノノンは、表に見張りがいると知り、裏口へと回る。
丁度見張りは、儀式のためにいないのだろう。すんなりと中に入ることが出来た。
儀式の間には、数人の男達がおり、全員ハサミを持っている。
檻の中には、先程見た龍の赤ん坊達が詰められていた。
「「……」」
レインとノノンは息を殺して、柱の後ろから様子を伺う。
「さぁ、竜へと堕ちるがいい」
そう言って、ノノンの父親は一匹檻から出すと、ハサミを持っている男へと差し出す。
男は差し出された龍の赤ん坊を腕に抱え、背中の翼をハサミで切り落とした。
『ピギャァァァァ!!!』
断末魔のような悲鳴が聞こえ、レインとノノンは肩を跳ねらせる。
(……そんな……)
自分が予想してしまったのと同じことが起きてる。
(……大人の竜の背中に付いていた出っぱりは、やっぱり切り落とされた痕なんだ)
人の手で、龍を竜へと堕とした。
「さぁ、他の龍もみな竜へ!」
男達は次々と龍の翼を切り落としていく。ポタポタと赤い滴が床を濡らし、悲鳴が上がる。
「さぁ、これを飲め」
ノノンの父親は、灰色の液体を龍に飲ませた。
すると、龍は苦しそうにバタバタと尻尾を叩き付け、やがて動かなくなった。
仰向けになりながらも、お腹は動いていることから、生きてはいるだろう。
(……まさか、あの水。竜にするための水なの?)
耐えきれなくなったレインは、飛び出そうと思った。
だが、その前にノノンが飛び出す。
「!ノノン!」
レインの声を無視し、ノノンは走った。
「お父さんの馬鹿ぁぁぁぁぁ!!」
ノノンは最後に残っていた一匹を抱き抱えて、父親を睨んだ。
「ノノン!何故ここにいる?!」
「酷いよ!何でこんなことしてるの?!翼切っちゃうなんて可哀想だよ!」
「……儀式を邪魔するとは」
神官だろうか?
整った衣装を身に纏い、長い杖でトンと床を叩く。
「も、申し訳ありません。私から良く言い聞かせます。神官様」
ノノンの父親は、その場で膝をつき頭を下げると、ノノンの腕を引っ張る。
「痛い。離して!!」
「さっさと神官様に謝らんか!そして、その龍を差し出せ!」
「やだ!差し出したら、この子の翼切っちゃうんでしょう?!」
ぶんぶんとノノンは首を振った。
「龍は昔からこうして育てると決まっているんだ。人と龍が共に生きるためには、龍を飼い慣らさなければならない」
「そんなの勝手すぎるもん!馬鹿馬鹿馬鹿!皆馬鹿だよ!酷いよ!」
人が龍に勝てる手段はない。だから、生まれたその瞬間無力な存在にする。
それは、人間のただの我が儘だと、聞いていたレインも思った。
「……龍を取り上げろ」
神官がそう言うと、ハサミを持っている男の一人が、龍の赤ん坊を取り上げようとする。
「やだ!止めて!……はむっ!」
龍の子を取り上げようとした男の手に、ノノンは噛みついた。
「いっ!」
「この餓鬼!」
もう一人の男がノノンを殴ろうと手を振り上げる。
すると―。
「ぐっ!」
男の手の甲に熱が走り、それはすぐ痛みに変わった。
「……どうやら、侵入者はもう一人いたようだな」
神官が柱へと視線を移すと、他の男達も柱を見る。
そこには、弓矢を放った姿勢のまま片膝を着いたレインがいた。
勢い良く飛び出したせいで、フードが外れ、赤い髪が見えてしまっているが、それでもレインは構わなかった。
「お、お前……」
父親は、ノノンと一緒にいたレインが、忌み子だとは思わなかったため、狼狽えている。
「貴様は、ディーファか。……龍を殺す大罪人」
「その子に、何をするつもりだったんですか?」
レインは再び矢を構える。
「幼い子に手をあげるなんて最低です。その子から離れてください!」
「……ディーファは生きていてはならない。……殺してしまえ」
「「はっ!!」」
命令された部下達は、レインへと走りよる。だが、全員が来てくれるのなら好都合。
レインは身を翻し、神殿を出た。
「逃がすな!」
「お姉さん!」
レインを神官達が追い掛けたのを見て、ノノンも走り出そうとした。
だが、その手を父親に掴まれる。
「なるほど。お前がおかしな行動をしたのは、あの忌み子のせいだったのか」
「違うもん!お姉さんは、お母さんみたいに優しくて、温かい人だもん。お姉さんのこと知らないくせに、悪く言わないでよ!」
ノノンに言い返され、父親は顔をしかめる。
「お父さんに向かって、子供が何て口を聞くんだ!」
「大人なら何をしてもいいの?人間はそんなに偉いの?だったら私、大人になんかなりたくないし、人間でいたくもない!」
ノノンは抱えていた龍の子を背中に隠し、父親を睨んだ。
「渡しなさい。ノノン」
その辺に落ちていたハサミを拾い上げ、父親はノノンへと距離を詰める。
「さぁ!」
「……この子を渡すくらいなら、いっそ私を殺せばいいわ。お父さんは結局、私なんかいらなかったんだ!」
いつもいつも仕事ばかりで、母の話も聞かせてくれなかった。
けれども、たった一人の家族だから、ノノンは父親の言うことを素直に聞いていた。
「……融通の聞かないところは、あの女そっくりだな」
不意に、父親のまとう空気が変わった。冷たく、ぞくりとする瞳が、ノノンを見下ろしている。
「お前の母親も、何かと言えば俺に歯向かった。ただ、俺の言うことを聞いていれば、死なずにすんだのに」
「………お父………さん?」
「……ああ。そうだなノノン。俺はお前はいらなかった。俺は竜さえいれば良い。お前の母さんは竜の医術師だったから、近付いただけだ」
父の言った言葉が、頭の中をぐるぐると巡った。
(お母さんが……竜の医術師?)
母が竜のお医者さんだったなど、初めて聞いた。
「旅をしていたらしくてな。この村の竜を診ていたんだ。生まれたばかりの赤ん坊を連れてな。女一人じゃ大変だろうからと声をかけ、一緒に住んだんだが。竜のあり方にしょっちゅう口を出してきた。だから―」
父はハサミで首を指差す。
「うっかり殺しちまった。お前はあの女にそっくりだ」
「………」
自分が父の娘で無かったことよりも、父が母を殺したことの方が、ノノンには衝撃的だった。
「大人にもなりたくない、人間でいたくないのなら、死ねば良い」
父がハサミを振り下ろす姿を、ノノンは呆然と見ているしかなかった。
レインは走った。後ろからは神官達が追い掛けてくる。
『ピギィ………』
リュックが揺れるので、中にいるティアも窮屈そうに唸る。
「……もう少し、我慢して」
小声で声をかけてから、ふとノノンの事が気になった。
今は、彼女の父親と一緒にいるだろう。両親というものを知らないレインは、もしかしたら父親がノノンに危害を加えないかと一瞬思った。
だが、それは無いと頭を振る。
血の繋がった、たった一人の娘だ。きっと、ノノンを守ってくれる。
(でも、何でだろう)
心の中に、不安が広がった。
「くそっ!早く殺せ!」
後ろから、神官の怒鳴り声が聞こえ、レインは肩越しに振り返る。
(あの人達は、どうしてそこまで必死なんだろう?)
たかが小娘一人に、大の大人が束になって追い掛けてくる。
そうまでして、自分を殺したいのだろうか?
(でも、私を殺して、何が変わるのかな?)
赤い髪を持つ子供が生まれる度に、こうやって追い掛けまわし、殺すのだろうか?
もしそうなら、赤い髪に生まれるのは、自分で最後が良い。
レインは走りながらそう思う。
そして、昔会った赤い髪の少年の姿が、頭をよぎった。
(あの子も追い掛けまわされたり、殺されそうになったりしたのかな?)
だから、人間というものが嫌いなんだろうかと思う。
村の広場が見え、レインは目を見開いた。
広場の中心に、大剣を構えた男がいたのだ。
(………あの人………)
レインにとっては、もう忘れていた筈の男。
三年前、ティアを殺そうとしていた男がいた。カラスのように真っ黒な髪と、冷たさを潜めた青い瞳は、三年前と同じ。
「……止まれ」
「……っ」
レインは足を止めた。追い掛けてくる神官達と違い、この男は手強い。
本能的にそう感じた。
「……お前は」
目の前にやってきた少女に、男は目を見開く。だが、すぐにいつもの無表情に戻す。
「そこのお前!その忌み子を捕まえろ!」
「……神官が、俺に命令するな」
男の態度に、神官の額に青筋が浮かぶ。
「何?―!その印は」
神官は男の大剣き刻まれていた印に気付いた。それは、月白国王家の紋章。
王家に仕えるものの証だ。
「あ、貴方様は……竜騎士様?!」
「………」
神官の狼狽えた様子に、竜騎士は答えない。
(竜騎士?)
心の中で首を傾げると、竜騎士はこちらを見た。
「……生きていたのだな。卵はどうした?」
「………知りません」
レインは背中から弓矢を取り出す。
「恐らくまだ生まれてはいないだろう。お前が生きてここにいるのなら、その卵もまだある筈だ」
「ありません」
卵は無いのは確かだ。もう生まれてしまったのだから。
「竜騎士様!その小娘を殺してください。忌み子はいなくなるべきなのです!」
「……俺の役目は、竜を殺すことであり、こんな小娘を殺すことではない。それに、俺に命令できるのは、姫様だけだ」
淡々とした竜騎士の言葉に、神官は眉を潜める。
この男は龍王よりも姫の方に、絶対的な服従をしている。
神官は城に仕えている訳ではないので、城で暮らす姫を見たことがない。
噂では、見目麗しいが、少々我が儘だと聞いた。そんな姫の命令しか、この男は聞かないという。
「これは、王家にも関わることですよ?ディーファという存在がどんなものか、貴方もご存じては?」
「国を滅ぼす、不幸を招く、神を殺す……他にも色々あるな。……だが、俺にとって姫様の命令以外はどうでもいい」
「!……貴方という方は」
神官は竜騎士を睨み付ける。だが、竜騎士は興味がないのか、隙を伺っているレインへと視線を戻した。
「渡してもらうぞ」
「だから、卵はもう無いんです!」
「隠しても無駄だ。龍特有の気配をお前から感じる。……そのリュックの中だな」
「!!」
レインが驚きに目を見開くと、竜騎士は大剣をレインに向けた。
これでは、三年前の再現のようだ。
「………」
あの日と同じような光景。
レインは弓矢を構え、矢を弦に引っ掻けて後ろへと引っ張る。
「弓で俺に勝てるとでも?」
「………」
レインは答えず、竜騎士を見る。
「竜騎士様に加勢しろ」
「動くな」
神官が部下を動かそうとした時、竜騎士がギロリと神官達を睨んだ。
そのため、足を止める。
「この娘は、俺が相手をする。お前達は手を出すな」
「「…………」」
神官達が大人しくなると、竜騎士はレインの動きを探る。
「………っ!」
レインが矢を放つと、竜騎士は大剣で矢を叩き落とした。
そして、レインへと距離を詰めると、リュック目掛けて大剣を振り下ろす。
だが、レインは咄嗟に後ろへ飛び退くと、矢を素早く弦に引っ掻け、斜め上へと放った。
「どこを狙っている」
「貴方の頭の上ですよ」
「!何―」
竜騎士の上から、丸太が降ってきた。
レインはその隙に村の外へと走る。
最初の一撃は、当てるつもりではなく、竜騎士にこちらに来てもらうために放った。
広場に向かったのも、元々は神官達に広場に吊るされていた丸太を落とすためだったのだが、竜騎士が現れたので、竜騎士に丸太を落とした。
村の外へと出ると、そのまま真っ直ぐ走る。
出来るだけ距離を稼がなければ。追い付かれないくらいに遠く。
すると、足元を見ていなかったせいで、レインは転がっていた大きめの石につまずいて転ぶ。
「痛っ!」
『ピギィ!』
リュックのボタンが外れ、ティアが転げ落ちる。
「……ティア」
レインはティアを抱き上げると、痛む膝を押さえながら立ち上がる。
『ピギィ?』
「大……丈夫。ティアは守るから……」
ジンジンと膝が痛い。布越しでも、血が肌を伝っているのが分かる。
それでも、レインはティアを抱き抱え歩いた。
思ったよりも酷く擦りむいたのか、歩く度に痛みが走る。だが、それでも歯を食いしばって歩く。
逃げなれけば。ここで、殺されるわけにはいかない。
どれくらい歩いたのか、レインの膝はガクガクと震えてきた。
ノノンは大丈夫なのだろうか?また会えるだろうか?
今日は本当に、色んな事があった。
(……人に飼われた、哀れな竜達)
あそこにいた竜が、どこか虚ろだったのは、きっとあの竜水を飲ませられ、育てられたせいだ。
生まれてすぐ翼を切り落とされ、竜水を飲まされ、人の思うままに生かされている。
まるで、出口の無い鳥籠に閉じ込められた鳥のようだ。飛ぶことも許されず、人間の与えたものしか食べられない。
(もし、私がティアを見付けなかったら、ティアも村の人に売られて、ここで翼を切られて、あんな変な水を飲まされていたの?)
『ピギィ?』
こちらを見上げるティアに、レインは泣きたくなった。
「……大丈夫。ティアは渡さない。あなたを飛べなくしたりしない。あなたは自由でいいんだよ」
仲間と共に、自由に空を飛ぶ姿をレインは想像する。それは、どんなに素敵なことだろう。
歩き続けていると、上り坂になっていた。レインは足を無理矢理動かして坂を上っていく。
たが、体力に限界がきたのか、その場に膝をついた。
「はぁ、はぁ………うっ……」
近くの木へと体を預け、リュックから薬草を取り出す。
すり潰して傷へと当てると、ジンと染みた。
「………ふぅ」
息を吐いて、来た道を振り返る。誰も追ってくる様子は見られない。
『ピギィ!』
「……ちょっと………休憩………しよ…………ぅ」
瞼が重くなり、ティアを抱えていた腕は、だらりと下がった。
『ピギィ?ピギィ??』
ティアはレインの回りをウロウロしている。
「………すぅ……」
レインは小さく寝息をたてているが、顔色が悪く、額から汗が大量に流れている。
『ピギィ?ピギィ………ピギィィィィィ!』
ティアの叫ぶような声が、夜空へと響いた。